サルビアの育てかた
 レイが俺の目の前に立つだけで、更に胸の鼓動が高まった。遠慮がちにレイが俺の裾を引っ張ってくると、俺の体は更にヒートアップしてしまう。

「ねえ、ヒルス」
「……何?」
「帰ろうよ」

 何てことのない一言に、ドキドキさせられる。
 本当はここで頷いてあげたい。だけど、俺は小心者だ。今、二人きりで帰る勇気がないんだ。
 彼女から顔を逸らし、震えながら俺は答えた。

「ごめんな、レイ。今日は、先に帰ってくれ」
「……どうして?」
「用事が、あるんだ」
「どんな用事?」
「ちょっとな。夕飯も先に食べてくれないか」
「……」

 レイの瞳に光が消えた。心苦しくなりながらも今の俺は、彼女から離れることで頭がいっぱい。

「私、夕飯はヒルスと一緒に食べたいよ……」
「えっ」
「ヒルスの好きなハンバーグステーキ、作って部屋で待ってるから。早く帰ってきてほしいな」

 甘えたような声だった。俺の胸の鼓動が最高潮になってしまう。
 離れたい気持ちと、彼女を抱き締めたい心が複雑に交差して、俺の胸中はパンク寸前。

 しかし体だけは正直で。俺は欲求のままに、レイのことを包み込む。
 あたたかい体温が伝わってくる。こんな時でさえも俺の心は安らいだ。

「ヒルス……ここ、スタジオの中だよ?」
「そうだな」
「皆に見られたらどうするの?」
「別に構わない」

 人目なんか、今の俺に気にしている余裕なんて皆無に等しい。
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