サルビアの育てかた
 俺の想いが届いたのかは分からないが、レイの瞳の潤いは少しずつ落ち着いていき、再び可愛らしい笑みを取り戻した。

「……旅行」

 レイはぽつりとそう呟いた。

「家族旅行、楽しかったよね」

 夜空に浮かぶ三日月の輝きが、レイの瞳に映し出される。

「思い出した。小さい頃、海に行ったよね。夏休みの旅行で。いっぱい泳いだの。楽しかったなぁ」

 そう語るレイの顔は本当に楽しそうだ。
 確かに、家族でよく遊びに行ったのは海での思い出が一番強い。俺も懐かしい気持ちになる。

「ヒルスの言うとおり。思い出はいつまでもなくならないね」

 何度も訪れる風たちが俺とレイの周りでしつこく悪戯しようとするが、この時だけはレイのぬくもりのおかげで心地の良いものに変わっていく。

 俺は彼女の言葉を決して逃さない。綺麗でふんわりとしているレイの髪の毛にそっと触れながら、俺は静かに口を開いた。

「レイの誕生日に、海へ行こう」
「えっ。いいの?」
「ああ。レイが行きたい所ならどこへでも連れていってやる。十二月だと泳げないけど、砂浜を歩くだけでもきっと楽しいだろう」

 するとレイは見る見る顔を輝かせ、最高の笑顔になるんだ。

「嬉しい。ヒルスと一緒なら絶対楽しいよ」

 レイは俺の肩に両手を回してきて、天使のような表情をしたかと思えば、そっと右頬にキスをしてくれるんだ。
 俺の心臓がまたも大音量で叫び始めた。

 それでも俺は、彼女の腰周りを両手でそっと抱き寄せてから甘く優しく囁いた。

「レイ、そこじゃない」
「……うん」
「ここだよ」

 瞳を閉ざし、俺はゆっくりと彼女の唇に愛を重ねた。

 どんなに寒さが運ばれてきても、俺とレイには何のダメージもない。二人が身を寄せ合い愛を感じていれば、熱い想いが二人の周りを包み込んでくれる。

 ──本当はこのままレイを抱いてしまいたい。彼女が待ってくれているのを、俺もよく理解していた。
 だけど、彼女を大切にしたいからこそ、それ以上は何もしないと心に決めている。レイが十八歳になるその日まで、このままでいるのが俺たちにとって一番だから。
< 583 / 847 >

この作品をシェア

pagetop