サルビアの育てかた
 秋の道を歩んで十五分。
 スタジオの近くまで行き着いたところで、幸せな時間はいつもここで一旦終わる。一日の中でも俺にとって一番寂しい瞬間。レイの手は俺の中からゆっくりと離れていってしまった。

 スタジオのみんなにはまだ俺たちの関係を打ち明けていない。フレアとロイは知っているが、ジャスティン先生や他の仲間たちにはまだ何も話していないんだ。
 だから俺とレイはあくまで兄妹のまま。特にスタジオでは、そのような振る舞いを続けなければならない。

「行こうか、レイ」
「うん」

 スタジオまでたったの数メートル。俺とレイの手は離ればなれであるがためにとても冷たくなり、寂しさで溢れる。

 ──切り替えないとな。これから俺は仕事で、レイも練習を始めるから。

 スタジオの扉を開け、仕事モードに入ろうとした矢先。目の前に思い掛けない相手が登場し、俺は心底驚かされてしまう。

「おはよう、ヒルス君レイちゃん。待ってたわよ!」

 腰を振りながら上機嫌な声で俺たちを出向かえてくれたのは、他の誰でもない。モラレスさんだった。
 まだその圧倒的な存在感とオーラに免疫がない俺は、思わず後退りしてしまう。
 その横でレイは、冷静ににこやかに言う。

「おはようございます。モラレスさん、今日も来て下さったんですね」
「そうよ、午後から取材があるんだけどね。時間作ってマネージャーにお願いしてここへ連れてきてもらったのよ。レイちゃんとお話したくて!」
「お忙しいのにありがとうございます」

 レイは平然とモラレスと会話のやり取りをしている。すぐに人と打ち解けてしまう彼女が、今日はより一層俺の中で凄い人として認知される。
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