サルビアの育てかた
「ジャスティン氏に弟子入りを懇願したロイ・ウォーカーという少年がいるでしょう。まだ彼は幼かったのに、弟子になるならダンスの世界大会で一位を獲って来いと言って、ジャスティン氏は彼にパワハラ(・・・・)をしたらしいじゃないですか。アメリカで開催される世界大会ですよ? 一位を獲るなんて、並大抵の努力だけは難しいはずです。ヒルスさんもよく知ってますよねぇ?」

 口角は上げながら、しかし目だけは一切笑っていない男の顔がどこか不気味に見えてしまう。

「『ダンススクール経営のジャスティン・スミス氏、弟子をパワハラで苦しめる』なんて記事にすればスクールの信用もガタ落ち。どうなるか分かります?」
「パワハラなんて……そんな。誇大させるな。それにどうして、ロイがジャスティン先生に言われてアメリカの大会に出場したのを知っているんだ?」
「ハハハ。こちらも色々とチェックしてますよ。アメリカのテレビでロイ君がインタビューされているのを見ましたから。そこで彼は語っていたんです。『ジャスティン先生にこの大会で頂点に立てと言われて来ました。チャンスをくれた先生に感謝しています』とね」
「ロイは感謝している、と言ったんだよな。だったらパワハラなんてことにはならないだろう」

 俺が首を捻ると、男はニヤリと笑う。

「一部を切り取るんですよ。『ジャスティン先生にこの大会で頂点に立てと言われた』この部分だけを使います。どうです? だいぶ印象が変わりますよねぇ。ジャスティン氏に圧を掛けられたようになりました。面白いでしょう?」
「……なんだよ、それ。全然笑えない」
「芸能記事なんて書きかた次第でいくらでも情報操作が可能なんですよ。あの男は、我々記者に大変失礼な態度を取りましたから。いつか仕返ししてあげようと思っていたところなんです」
「……は?」

 ざわざわと人々が街の中を行き交う中、俺と目の前にいる男の空間だけは暗く光さえ差し込んでいないような感覚になる。
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