サルビアの育てかた
 頭の中ではそう思っていても、歩みを進めることが出来ない。気持ちとは裏腹に、俺の身体はなぜか振り向けと喚いていた。

「はぁ……ああ……」

 不気味な声はどんどんこちらに近づいてくる。
 足が震えてきた。
 目の前にいるレイは──この上ないほどに顔を真っ青に染めている。
 俺の背後にいる恐怖の対象を、彼女はいち早く目に入れてしまったからだ。声も出せず、彼女が怯えているのが分かる。

 くそ、どうしてまた。こんなタイミングに最悪だ。

 冷や汗を流しながら俺はゆっくり、ゆっくりと後ろを振り返った。

 そこには──あの悪魔が、昨夜と全く変わらない姿で立ち尽くしていたんだ。
 俺は恐怖のあまり、荷物を下に落としてしまう。ぐしゃっと卵が割れたような音が鳴り響く。

 悪魔は気味の悪い表情を浮かべて、じっとこちらを見ているようだが、やはり焦点が合っていない。
 息遣いは落ち着かないまま、悪魔は口をゆっくりと開いた。

「……レイ……また、会えたわね……」
「……っ」

 レイは今までにないほど震えている。
 彼女の肩に手をしっかりと回し、俺は女を睨みつけた。
 こちらに歩み寄ってくる悪魔の足取りはやはりおぼつかず、身体は左右にゆらゆらと揺れている。

「ねぇ、レイ……ワタシとお話しましょう。しましょうよ……こっちにおいで」

 悪魔が近づいてくるほど、鼻の中が刺激臭にやられそうになった。

(なんだ、煙草と酒が混ざったようなすごい匂いだ……)

 強烈な悪臭に、思わず吐気がしてしまう。
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