サルビアの育てかた
 ──俺たちの荷物はさほど多くはない。家具付きのパーパスビルト・フラットなので、本気を出せば夕方には全て片付くだろう。
 レイは細かいものを、俺は電灯や重たいものを中心に一気に整えていった。新居がどんどん片付いていくのにワクワクするし、何よりも楽しかった。

 ここならきっと安心して住める。エントランスはオートロック式で、駐車場と駐輪場も敷地内にあるので外部の人間が入れることはない。出掛ける時は基本的に車かバイクを使えば大丈夫だろう。

 これで家に帰る時、いちいち警戒しなくても良くなった。
 あの悪魔からやっと逃れられたと、その時の俺は本気で思っていたんだ。

 夕方になると大分片付けが進み、生活する上では困らないほどになっていた。まだ少しダンボールの中に細かいものも残っているが、もう明日以降でいいだろう。

 はあ、と小さく息を吐きながらレイは伸びをしていた。

「疲れたぁ」
「今日は外食でもするか」
「うん。周辺に何があるのかちょっとだけ見てみたい」
「そうだな」

 レイはこくりと頷くと、突然俺の前に立つ。そして両手をそっと広げ、にこりと微笑む。

「ヒルス、どうぞ」
「え?」
「ご褒美ハグ!」

 甘えたような、それでいて何となくふざけたような言いかたでレイは俺を見つめてきた。
 彼女の唐突な言動に、俺の全身はたちまち熱くなる。
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