サルビアの育てかた
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泣き疲れてしまったのか、帰り道レイは珍しく助手席ですやすやと眠っていた。横目で彼女の顔を見てみると、少しだけ頬に涙のあとが残されている。
時刻は深夜零時。
車内はレイの小さな寝息が微かに響き渡る。こんな空間さえも俺にとっては尊いもの。彼女が俺の運転で安心したように眠るその姿が、何とも言えないほどに愛しい。
この心地の良い時間が一秒でも長く続いてほしくて、わけもなく遠回りしたくなる。
だが明日は二人とも午後からスタジオで仕事や練習がある。欲に負けそうになるが、俺は大人しく真っ直ぐに帰路の中車を走らせた。
眠る彼女を乗せた車は渋滞に巻き込まれることもなく、あっという間にフラットの近くまで辿り着く。角を曲がってエントランス方面からぐるりと周り込み、駐車場へと車のハンドルを切ると──
誰かが横断歩道のない道路をいきなり横切ろうとしてきた。
ちょうど左折した所で急に人影が現れ、一瞬ヒヤッとする。俺はすぐさまブレーキを踏み込んだ。
「危ねぇな、こんな所渡るなよ……」
冷や汗がじわりと流れる。
ふぅと息を深く吐き、眉間に皺を寄せながら歩行者を見てみると──そこには、フラフラとおぼつかな足取りでゆっくりと車の前を横切ろうとする人影が。
数秒間、息をするのを忘れてしまう。
夜道ではっきりしないが、歩きかたや姿が不気味である。
一歩。二歩。
車の目の前を通過した時、その人影がライトに照らされてハッキリと目視できるようになった。
「……!」
俺は思わず叫びそうになってしまった。