サルビアの育てかた
絶対にこちらを見られてはいけない。瞬時にそう思い、口を閉じたまま体の震えを抑え込む。
虚ろな目は相変わらずどこを見ているか分からなかった。手入れのされていない荒れた黒髪。力なく歩みを進める足は細すぎて、今にも折れてしまうのではないかと思わせるほどだ。服もよれよれで、姿格好が汚らしい。
身体があり得ないほど震えてしまう。
隣で座るレイは、未だに眠っているようだ。
目をギュッと瞑り、俺はただただ願うしかなかった。
(レイ、そのまま起きるな。お願いだ、このまま何も……)
頭の中が恐怖で埋めつくされ、言葉が浮かばない。俯き、俺は今この瞬間が何事もなく過ぎるよう心の中で祈り続けていた。
どれくらいの時間が過ぎたのだろう。……いや、多分一分も経っていない。俺の体感では絶望的に永い時間に感じられた。
額から変な汗が流れ、手までもびっしょり濡れてしまっているんだ。
今すぐこの場から立ち去りたい。そう思った俺は、ゆっくりと目を開く。
目の前には、あの恐怖の対象はいなくなっていた。周りを見ても人影はどこにもなく、まるで何事もなかったかのように外は静寂と暗闇に包まれている。
俺は今すぐこの場から立ち去りたい衝動で、アクセルを踏み込み駐車場の中へと車を急がせた。