サルビアの育てかた
 無言を続ける俺たちの足元に、突然──何か柔らかいものがぶつかって来た。反射的に下を確認すると、小さなボールがレイのすぐ横に転がっていたんだ。

「……あ、あの」

 幼い声が聞こえた。
 声の方を見ると、俺たちの目の前に五歳くらいの男の子が立っていた。じっとこちらを見つめていたが、照れたように視線をボールの方に落とす。
 俺たちは咄嗟に互いに距離を開けた。

 それからレイは足元に落ちていたボールを拾い、さっとその子に差し出した。

「はい、どうぞ」

 はにかみながらボールを受け取ると、男の子は小さな声で言う。

「お姉ちゃん。ありがとう」
「どういたしまして」

 その子は背を向けて、公園の中央へ駆けて行く。父親と母親らしき二人と楽しそうに遊び始めた。

 何でもないやり取りに過ぎない。だけど、こんな光景を見た途端に俺の心が熱く燃え始めた。

 レイの顔が嘘みたいに優しさで溢れている。彼女のこの表情が一番好きだ。たった今抜け殻のようになっていたレイの姿など、忘れ去ってしまうほどに。
 レイとの将来を真面目に考えている俺は、その時こう思った。

(レイは、きっといい母親になるな……)
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