サルビアの育てかた
 いや……待て。それはそうだろう。
 俺たちは結婚もしていない。プロポーズだってまだなのに、俺は一人で浮かれていたから。レイの考えを無視して置き去りにしてはいけない。

「あ……ごめんな、レイ。俺たち夫婦でもないのに、いきなりこんなことを言い出して。ビックリさせたな。今すぐじゃなくていいんだ。いつかレイとの子供が出来たらいいなって思っただけだから」

 俺のその言葉に、レイは首を小さく横に振る。無表情でこちらを見つめる彼女の瞳は、冷たい。

「違う……そうじゃないの。ヒルスと私は家族だよ。今までもそうだし、これからもそう」

 彼女の一つ一つの言葉は、俺の胸を突き刺すかのように鋭くて重い。
 俺の呼吸はどんどん乱れていった。
 それでも──レイの冷口調で綴られる台詞は、止まることを知らない。

「今更将来を考えてどうとか、そういう話は違うと思うの。私はこれから先、他の誰とも子供を作ることはしないよ。……もちろん、ヒルスとも」

 信じられない話に、目の前が一瞬闇に包まれた。頭が真っ白になって、息が苦しい。
 ──どうしてレイはそんなことを言うんだ? 俺たちはこんなにも愛し合っているのに。
 動悸が止まらない。

「レイ、それは……。俺との将来を考えてくれていないってことか」 

 ありえないほどに声が震えてしまう。ベッドの中にいるはずなのに、寒気に襲われる。

「ヒルスのこと、大好きだよ。この先どんなにいい人と巡り会ったとしても、ヒルス以上に好きになる人なんて絶対にいないって断言できる」
「それなら」
「でも、それとこれとは話は別だよ。どんなに好きでも、どれだけ愛し合っていても、未来も必ず一緒にいられるとは限らない。もしもこの先ヒルスに他に良い人が現れたら、応援するよ。家族として……義理の妹として。ヒルスの幸せを一番に願ってる。私は誰と一緒にいても、幸せにはなれないから」

 彼女は落ち着いた声で、なんとも穏やかな表情で言うんだ。
 だけど、レイが言い放った全ての言葉は、俺にとってこの上なく衝撃的なものだった。まるで心臓を八つ裂きにされた気分にさえなる。

(俺の幸せは、この先もずっと二人一緒にいることなんだよ。レイは違うのか? 幸せになれないなんて、どうしてはっきり言うんだ)
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