サルビアの育てかた



 翌朝、レイの態度は驚くほど変わらなかった。
 普段通りに朝食を作り、バルコニーに植えてある『サルビア』に水やりをして、いつもの笑顔を俺に向けてくる。

「朝ご飯できたよ」

 朝食をテーブルに並べるレイは、まるで昨晩のことなんか忘れてしまっているかのよう。

 だけど、俺はというと──気分はありえないほどに落ち込んでしまっている。
 彼女が作ってくれたスクランブルエッグを眺めたまま、手が全く動かない。

「ヒルス」

 目の前に座るレイが俺の顔を覗き込んできた。

「食べないの?」

 レイは心配そうな声で言うんだ。小首を傾げ、透き通った瞳で俺を見つめてくる。
 そんな顔、しないでくれ。
「食べるよ」と小さく返事をしてから、俺はゆっくりと朝食を口に運ぶ。

 いつもと同じ朝。この時間、幸せなひとときを噛み締めているはずなのに。
 どうしても昨晩のことが頭から離れない。

 ふわふわのスクランブルエッグが、舌の上で冷たく灰のような味に変わっていく。彼女の笑顔も、今の俺の目にはぼんやり映って癒やしにすらならない。

 次の日も、その次の日も。時俺の心は暗闇色に染まっていった。レイと一緒にいても、彼女に微笑みかけられても、余計に辛くなるだけ。

 レイとの未来がないということは、いつか彼女と別れなくてはならないのか?
 そんなことばかり考えてしまう。

 毎日のようにキスを交わしていたのに、それすらもしなくなった。彼女と肌を重ねて抱き合うことも、手を合わせることもしなくなった。
 それなのにレイは、笑顔を絶やさないんだ。

 レイにとって俺は義理の兄に過ぎない。それ以上の関係になったのは、幻想に過ぎなかった。結婚なんていう二文字、彼女にとっては必要のない言葉だったんだ。

 ──俺だけだった。レイとの未来を思い描いていたのは、俺の独りよがりだったんだよ。
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