サルビアの育てかた


 午後からもみっちりロイにダンスの指導をしていると、時間はあっという間に過ぎていった。

 汗だらけの服から私服に着換え終わってからは、気まずい時間がやってくる。
 スタジオの出口で、レイを待たなければならない。物凄く重い足取りで出口に向かっていると、その途中でフレアに会った。

「ヒルス、お疲れ様」
「ああ。フレアも」

 フレアはタオルで汗を拭きながらスポーツドリンクを補給する。

「もうすぐイベントがあるんだよな」
「ええ。今日はラストまで指導が入ってるの」
「遅くまで大変だな」

 何でもない会話を交わしていると、フレアは笑うこともなく、かと言って無表情でもなく、何とも言えない顔で俺を見つめてきた。

「……何だよ?」

 どうせフレアにもバレている。俺が悩んでいることなんて。
 だけどフレアは小さく首を振ると、またいつもの柔らかい表情に戻るんだ。

「ま、わたしからは何も聞かないわよ。あなたが話をしたくなったらいつでも聞くけどね。あんまり抱え込まないでよ」
「……フレア」

 これは、優しさだ。俺は何かあればいつもフレアに相談してきた。その度に真剣に聞いてくれる、頼りになる良き先輩。
 とは言っても、フレアが支えてくれる一番の理由は、レイを応援してくれているからなのだが。

 フレアは練習場に戻る前、俺の背中を少し強めに叩いてから言った。

「悩みすぎるのはあなたの悪い癖よ。好きなら、お互いにとって良い選択をしなさいね」

 笑いながら「じゃあね」と言ってフレアは練習場に姿を消して行った。

(いや。何も言ってないのに……フレアはどうして俺の悩みを知っているような発言をするんだ。とんでもない理解者だよな……)

 長年同じスタジオの仲間として働いてきたフレアは、正真正銘俺たちの応援隊だ。
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