サルビアの育てかた
 音がした部屋の前に立つ。ドアノブを回し、そっと中を覗いてみるが、室内は電気も点いておらず状況が確認しづらかった。

「……レイ?」

 この部屋の奥に、彼女がいることが分かる。耳を澄ませてみると、息を殺してすすり泣く声が聞こえてきたから。

 おもむろに灯りを点けてみると、ダンボールが積み重ねられた部屋の隅で、レイが背を向けて蹲りながら震える姿が目に入った。部屋が明るくなっても反応はなく、小さく唸り続けている。
 しかも、この光景に最大の違和感があった。

 なぜかレイは服を脱ぎ捨てて、肌着姿でいたんだ。

 一瞬、この場から立ち去った方が良いのか悩んでしまう。だが、明らかに異常な光景を目の当たりにしてしまっては、いくら何でもレイを放っておくわけにはいかない。

 寂しそうに落ちている服を手に取り、俺はゆっくりと歩み寄る。項垂れるレイの隣にしゃがみ込んだ。

「風邪引くよ」

 服を彼女の前に差し出した時。レイの顔を横から見た俺は目を見開き、一瞬息をするのを忘れてしまう。

「レイ?」

 これまでにないほど大粒の悲しみが、彼女の瞳から溢れ落ちている。

 どうしてしまったんだ……?

 がりがりと鈍い音が鳴り響く。血が滲み出るほど強く、乱暴に、力任せに、レイは自らの爪で鎖骨下の辺りを引っ掻き回し続ける。
 彼女は、自らの体を痛みつけていた。あのトラウマの痕が、痛々しいほどに傷だらけとなっているではないか。
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