サルビアの育てかた
 思いに耽っているうちに、いつの間にか家の玄関前に辿り着いていた。
 俺はそこで、一旦足を止める。ドアの向こう側にレイがいるんだ。
 上手く話が出来るのか不安。心配。恥ずかしさもあるようなないような。とにかく色んな感情が俺の中に渦巻いている。

 いや、あまり深く考えるな。きっとレイは俺を待ってくれている。

 はあ。と、軽く息を吐いてから玄関の鍵をゆっくりと開けた。すると、キッチンの方からビーフシチューのいい香りが漂ってきたんだ。
 俺の足は迷うことなく、キッチンへと向かっていった。愛しい彼女を呼ぶ為に、口が大きく開く。

「レイ、ただいま。さっきはごめんな……」

 姿を確認する前に放たれた俺の言葉。それは寂しくも、空気の中へと消えていく。
 キッチンの換気扇は消されていて、鍋の中にあるビーフシチューは冷たくなって放置されたままだ。
 
 ──おかしい、レイの姿がない。

 リビングの電気は消えていて、そこにも彼女はいなかった。
 まさか、まだ物置部屋で泣いているのか。そう思い、様子を見に行くが、物置部屋の電気も点いておらずレイの姿は確認出来なかった。

「レイ……?」

 疲れて寝てしまったか、とベッドルームを見てみるがそこにもいない。
 シャワールームにも、バルコニーにも、どこにも。レイがいないんだ。

 ……何だろう、この胸騒ぎは。
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