サルビアの育てかた
「……ねえ、ヒルス」
「うん?」
「本当の私は、何もない子なの」
「何言うんだ? そんなことないよ」

 俺は大袈裟に首を振るが、抑揚のない声で彼女は続ける。

「生まれた時から、必要とされていない子だったんだよ。私は最初からこの世にはいない存在なの」
「違う」
「どうして否定するの? 私がいなければ、あなたは苦しい思いをする必要はなかった。たくさん辛い想いをして、その度に乗り越えてきたけど……もう、限界でしょ?」
「いや、俺はレイがいてくれたから前を見て今まで突っ走ってこられたんだよ。辛いことがあっても、レイのおかげで強くなれた」
「……でも私なんかいなければ、あなたの人生はこの世界みたいに平和で極普通の幸せが待っていたはずなの。巻き込んで、ごめんね」

 そこで彼女は、初めて俺の顔を見た。相変わらず無の表情だったが、一粒の涙で頬を濡らしている。
 強烈な悲しみの声が聞こえる。彼女はもしかして「自分なんていない方が良かった」と思っているのか?
 いくら夢の中とはいえ、そういう風に彼女が思っていたとしたら、俺は全力で否定する。

 そっと彼女の雫を親指で拭き取り、俺はふと微笑みかけた。

「極普通の幸せなんて、レイのいない世界なら俺には必要ない」

 たとえ夢の世界であっても、この気持ちを分かってほしい。
 彼女は目を逸らし、俺の腕から離れて突然立ち上がった。
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