サルビアの育てかた
 そんな折──門の前に突然、小さなダンボールがすっと現れた。雪が少し積もったその箱を目にして、俺は息を呑む。

「ここは、あなたの夢の中の世界だよ。だから私は、あなたそのものなの」
「……えっ?」
「私が言っていることは、あなたが心の奥底で思っている全て。本当は平穏に暮らしていきたかった、辛いことなんてこれ以上経験したくない、普通の幸せが欲しい。あなたの心がそう叫んでる」
「レイ。それは……どういう意味だ?」

 俺の息は次第に上がっていく。どんなに俺が彼女を見つめても、決してその感情が動くことはない。

 普通の幸せが欲しい? レイと出会わない世界線で、ただただ平穏な日々を過ごしたいと、俺が無意識のうちに思っているというのか。彼女はそう言いたいのか?
 絶対にありえない。レイがいない世界なんて、考えられない。

「大丈夫だよ、ヒルス。このまま夢を見続けていれば、私のことなんかいつか忘れられる。ちゃんと血の繋がった家族と幸せに暮らしていけるんだよ。ダンス仲間たちともトラブルなく過ごしていけるし、誰かを本気で愛して、苦しい思いをする必要もなくなるよ。何の苦痛もなく、普通の暮らしが待ってる」

 機械のように話される言葉の数々は、俺の胸を鋭い刃物で刺すように痛々しいものだった。

 ──俺の本心、なのか? 本当の俺は、レイのいる世界から逃げ出したいと、そう思っているのか……?
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