サルビアの育てかた
「意識の向こう側で私が──レイが、あなたを呼んでいる。ヒルスはどうするの? この泣き声に答えなければ、あなたは永遠にここで暮らすことになる。もしも今、手を差し伸べれば辛い現実に戻される。さあ、選んで。早くしないと後戻り出来なくなるから……」

 そう言うと彼女は、ダンボールを持ち上げてそっと俺の前に差し出した。
 中を覗いてみると──そこには、見るに堪えない姿をした赤子のレイが裸のままで泣き叫んでいた。

 俺は一体、どうすればいいのだろう。自らレイの所に戻って、悲しい現実が待っている世界で過ごすのか。それとも、もう一切涙を流すことのない夢の中で平穏にいくべきなのか。
 考えるべきことではないのに。俺はこの時、迷ってしまった。

 俺の目の前は暗闇に包まれ、孤独の空間に放り出された。
 
 レイと出会えたことに、もちろん感謝している。彼女のおかげで家族の思い出は楽しいもので溢れかえっているんだ。なにげない日常はもちろん、みんなで遠出をしたり旅行であちこち訪れたりもした。ダンス大会があれば父も母も応援してくれた。レイと一緒に踊る時間は、俺にとってかけがえのないものだった。彼女が本気でダンスに取り組んでいたから、俺はインストラクターになれたんだ。
 それに、こんなにも誰かを愛することの尊さを教えてくれたのもレイだ。
 確かにそう思っている。それは間違いない。

 それなのにふと、悲しい記憶が蘇ってしまう。
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