サルビアの育てかた
 俺が耳を塞いだとしても、悲鳴が響き渡ってくる。
 目を逸らしたって無駄だ。悲痛に満ちたレイの顔が過る。
 夢の中なのに自分をコントロールすることが出来ない。いや、幻想を見ているから思考も不自由なんだと思う。

 苦しくて、胸が張り裂けそうで、どうしようもなかった。

「やめてくれ」

 たまらず俺は頭を抱えながら叫ぶ。逃げようとすればするほど、赤子の泣き声が大きくなっていくだけだ。

「レイ。泣くなよ。君が悲しむ声なんて聞きたくない。お願いだ、お願いだよ……!」

 苦しい。発狂しそうだ。聞きたくない、レイの悲しみは俺にとって苦痛でしかないんだ!

 俺がどんなにもがいても、妹は表情ひとつ変えない。落ち着いた様子でこんなことを言う。

「レイを泣かせているのは、お兄ちゃんだよ」
「……何?」

 呆れたような声になり、淡々と語る。

「分からない? レイはあなたの帰りを待ってる。それなのにお兄ちゃんはこんな所でずっとグダグダしてる。あの子にとって必要なのは何なのか、ちゃんと考えてあげて。逃げちゃ駄目だよ」

 妹に笑顔はない。冷たいような、悲しさが現れているような、そんな瞳をしている。

「心に決めたことがあるんでしょう? 最後まで諦めないで。まだレイに伝えるべきことも言えていない。後悔するよ、絶対に」

 そう言われた時、俺の胸の中が急に熱くなった。
 手で触れてみると──胸ポケットの中で、彼女への贈りものがピンク色に輝いているのが分かる。大切な贈りものは、まるで俺の心を包み込むようにあたためてくれた。

(おかしい……)

 怯えた心が、だんだんと落ち着いていく。

(俺は、なんて愚かなんだ……)
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