サルビアの育てかた
 ……そうだ、俺は確かにそう思っていた。
 何をやってるんだ? どうしてこんなところで彷徨い、逃げ出そうとしているんだ?

 彼女と過ごしてきた時間は、幸せで溢れている。悲しみや苦しみなんかに負けないくらいに。
 俺たちは二人で一緒にいたから辛い想いをしてきたわけじゃない。彼女がそばにいてくれたからこそ、どんなに困難な道でも乗り越え、そして強くなれたんだ。
 そうだ、そうだよ。彼女がいなければ、俺はこんなに強い男になれていなかった。
 闇に閉ざされ、悲しみに支配されたとき、殻に閉じこもってそれを破る手段を知ることが出来た。レイがいてくれたから、前を向けた。

 そんなことも忘れかけていたのか、俺は。本当にどこまでヘタレで馬鹿野郎なのだろう!

「このままじゃ駄目だ」

 俺がハッキリそう言うと、妹の表情は明るいものに変わっていく。

「大事なこと、思い出した?」
「ああ」
「だったら早くレイのところに帰ってあげて」
「出来るかな」
「お兄ちゃんなら大丈夫だよ」
「耐えられるかな」
「かな、じゃなくて。耐え抜くの。決心したならもう弱音を吐かないで」
「……そうだな」

 もう、耳を塞ぐのを止めた。
 叫び続ける赤子のレイをじっと見つめる。
 もう現実から目を逸らさない。何があっても、決意したことは忘れてはならないんだ。
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