サルビアの育てかた
 帰る場所を捜そう。赤子のレイがしんでしまう前に。

「レイ」

 真っ白の世界で俺は声の限り叫んだ。

「レイ。帰り道を教えて。君はどこにいる? 俺の声が聞こえるなら、返事をしてくれ。レイ!」

 叫んでも、すぐにレイの返事がくることはなかった。行く先も分からない。
 だが、決して立ち止まるな。とにかく捜し当てるんだ、帰り道を。レイが待つ世界へ戻る為に。
 俺は必死に歩みを進めた。何度も何度も愛しい人の名を呼び続けながら。

 帰ったらまず、レイにしっかりと謝ろう。俺は一度でも迷ってしまった。君を置いて、永遠に逃げようと一瞬でも考えてしまったから。
 こんな弱い俺を見たらレイは呆れるかな。それとも怒るのかな。
 どんなリアクションを取られたって構わない。彼女のそばに再び帰ることが出来たなら、俺はもう二度と逃げるような真似はしない。約束を交わそう。

「……レイ」

 しかし、どれだけ歩いても白い世界から抜け出せない。

 俺の腕の中で眠る赤子のレイは、だんだんと息が小さくなっている。さっきよりも姿が透けているような気がした。
 まずい。早くレイを見つけ出さないと、本当に意識の奥底から抜け出せなくなってしまう。

「レイ」

 諦めるな。彼女ならきっと、俺の声に気づいてくれるはず。

「レイ、俺はここだよ。帰りたいんだ、君の所に。俺の声が聞こえるか。レイ……返事を聞かせてよ。レイ!」

 声が枯れそうになる。しかし一向に彼女の返事は聞こえてこない。まだ、届かない?

「レイ、どこにいるんだ? 教えてよ、君がいる場所を。もう一度一緒に生きていきたい。もう迷わないから。お願いだから返事をしてくれないか……!」

 喉が痛くなるほど叫んでも、やはり彼女からの返事はなかった。
 俺の手の中に包まれる赤子のレイは、更に姿が薄くなっていく。

(消えるな、まだ消えるな。必ず見つけるから待ってくれ)

 ギュッと彼女を優しく抱き締めても、無情なほどにぬくもりを伝えることが出来ない。
 真っ白な世界も、次第に闇の色が混ざり始める。
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