サルビアの育てかた


 ダンススタジオを後に、久しぶりの我が家を目指して帰路につく。
 多くの人々が行き交う繁華街は苦手だ。俺たちはいつものように人通りの少ない道を、手を繫ぎながら歩いていた。
 道に立ち並ぶ木々の葉はすっかりなくなっていて、何となく寒そうな表情をしている。

 でも俺とレイは二人一緒にいるだけで、心も身体もあたたかくなれる。冷たい風が通り過ぎても全然平気だ。

「レイ」
「うん?」
「ビーフシチュー」
「え?」
「レイの作ったシチューが食べたい」

 病院食を食べている時、毎日のように彼女の手料理がほしいと考えていた。あの日、レイの愛情がたっぷり入ったシチューを食べ損なっている俺は、どうしても欲求が抑えられない。

「……あの日のシチュー、もうないよ?」
「分かってるよ。だから、もう一度作って欲しい」

 俺が甘えた声を出すと、レイは歩む足を止める。そして、顔を上げて俺の唇を人差し指でなぞるように優しく触るんだ。

 この、彼女の唐突な行動に俺の心臓はたちまち爆音を鳴らし始める。

「ヒルス」
「……な、何だ」
「そんなに私の作ったビーフシチューが食べたいの?」
「もちろん」
「だったら……してくれる?」

 わざとらしく小首を傾げるレイは、もう可愛くて愛しすぎて俺の感情が大爆発してしまいそうだ。閑静な住宅街の中心にも関わらず、今にも愛を絶叫したくなった。

『レイ、どうして君はそんなに可愛いんだ! 愛している! 大好きすぎて俺は幸せだ!』と。
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