サルビアの育てかた
 母とレイの出会いの瞬間。俺はなんとも言えない気持ちになる。流れていた涙も、いつの間にか止まっていた。

「その日から、お母様は定期的にレイちゃんに会いに来るようになったのです。レイちゃんは出会った当初はお母様に微笑むこともなく目も合わせることもなく、ただ無言を貫いていたのです。それでもお母様は根気強くレイちゃんに話し掛け続けました。お母様の想いが伝わったのか、半年経った頃、ようやくレイちゃんが口を開いたのです──『いっしょに あそぼう』と」

 遠くを見やるシスターの表情が、だんだんと柔らかいものになっていく。

「それからレイちゃんは、毎日院の玄関を眺めてお母様が来るのを待つようになったのです。お母様と出会ってしばらくして、表情がほとんどなかったレイちゃんが本当によく笑うようになりました。わたしは……あの子が笑ってくれるようになったのが本当に本当に嬉しくて……。お母様からは二人目が出来なくて悩んでいるというお話も聞いていたので、わたしはひとつの提案をしました。レイちゃんを新しい家族として迎え入れてくれないか、と」

 当時の母の気持ちを考えると、俺は心がぎゅうっと締め付けられるような感覚にさえなる。

「お母様は大変喜んでいましたよ。しかし、孤児を里親に引き取ってもらうためには審査が必要で簡単にはいきません。まずはお父様にも院に来ていただき、レイちゃんに会ってもらいました。お父様はレイちゃんに対面するととても嬉しそうな顔でこう言いました」

『この子がレイちゃんか! 話に聞いた通り本当に可愛らしい子だなあ』

「お父様が肩車をすると、あの子は初めて大きい声で楽しそうに笑ったんです。あの瞬間は感動のあまり、わたしは声が出ませんでしたね……」

 そこまでの話を聞くと、俺の胸の中はじんわりとあたたかい気持ちになっていた。

 ──誰にでも好かれるレイのあの笑顔が見られるのは、母さんと父さんのおかげだったんだな。

 たとえ本当の生みの親ではなかったとしても、今の【レイ自身】を生み出したのは他の誰でもなく父と母であることは確かだ。

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