サルビアの育てかた
──シスターと別れた後、明日はスタジオが休みなので俺は実家へ寄ることにした。
その日は父も母も早く帰ってきていて、二人共リビングでテレビを見ながら寛いでいた。
「あら。おかえりなさい、ヒルス」
前もって連絡をしていたからか、既に夕飯の支度もしてくれたようで、テーブルには四人分の食器が並べられていた。
「レイは帰ってきてないのか?」
「そうね……また、お友だちの家にいるみたいよ」
時刻は午後七時。
いつもならそんなレイに注意をしたくなるが、今日は帰ってきてもそっとしておこう。
俺はふうと深く息を吐いて椅子に腰かけた。
「今日、シスターに会ったよ」
テレビに夢中だった二人は、ぱっと俺の方に身体を向けた。
「それは……孤児院のシスターのことか」
父は目を見開いている。
「うん、今日は孤児の子供たちにダンスを披露するちょっとしたイベントだったんだけど、その会場にシスターも来てたんだ。向こうが俺を覚えていたんだよ」
「そうか……」
「何か、お話はされたの?」
「レイの過去のこと、全部聞いたよ」
「……」
父と母は何も言わずにお互いの顔を見つめ合った。二人共、困惑したように眉を八の字にする。
「なんだよ、聞いちゃまずかったのか?」
「いえ、そういうわけじゃないの。……今まであなたには、レイのことあまり話さずにいてごめんなさい」
謝る必要なんてないのに、母は申し訳なさそうな表情を浮かべるんだ。
父はというと、俺の前に立って肩を軽く叩いてきた。
「お前にも本当は言うべきだったな。レイが生まれたときの話を」
何かを思うように、父の目は真剣だった。そんな父に、俺は柔らかい口調で答える。
「いや、いいんだよ。父さんと母さんだってあまり話したくないだろ? むしろ、俺の方こそごめん。思い出したくないよな、あんな過去……」
愛する娘が生みの親に酷い仕打ちをされていた過去など、考えただけで辛いに決まっている。
今日はたまたまシスターと再会し、話を聞いてきただけだ。
レイの火傷の痕だってそうだ。彼女自身、その痕がなんなのか知らないのだろう。知ったところで過去を消すことなんてできないんだ。
過去を知れば知るほど、俺の中でレイという存在が大きくなっていった。同情とは全く違う感情が、俺の心に溢れていく。
「父さん、母さん」
「うん?」
「俺、決めたよ」
俺は真顔ではっきりと今の想いを伝えた。
「これからはレイを大事にするだけじゃなくて、何かあったら支えてやろうと思う」
そんな言葉に、母は微笑んだ。
「あなたにそこまで想われてるレイは幸せね」
俺は小さく首を横に振る。
──母の言ったことは少し違うと思う。レイは、グリマルディ家の娘として育ってきたから幸せなんだ。俺はただ、いつも二人の後ろで彼女を見守ってきただけだ。
その日は父も母も早く帰ってきていて、二人共リビングでテレビを見ながら寛いでいた。
「あら。おかえりなさい、ヒルス」
前もって連絡をしていたからか、既に夕飯の支度もしてくれたようで、テーブルには四人分の食器が並べられていた。
「レイは帰ってきてないのか?」
「そうね……また、お友だちの家にいるみたいよ」
時刻は午後七時。
いつもならそんなレイに注意をしたくなるが、今日は帰ってきてもそっとしておこう。
俺はふうと深く息を吐いて椅子に腰かけた。
「今日、シスターに会ったよ」
テレビに夢中だった二人は、ぱっと俺の方に身体を向けた。
「それは……孤児院のシスターのことか」
父は目を見開いている。
「うん、今日は孤児の子供たちにダンスを披露するちょっとしたイベントだったんだけど、その会場にシスターも来てたんだ。向こうが俺を覚えていたんだよ」
「そうか……」
「何か、お話はされたの?」
「レイの過去のこと、全部聞いたよ」
「……」
父と母は何も言わずにお互いの顔を見つめ合った。二人共、困惑したように眉を八の字にする。
「なんだよ、聞いちゃまずかったのか?」
「いえ、そういうわけじゃないの。……今まであなたには、レイのことあまり話さずにいてごめんなさい」
謝る必要なんてないのに、母は申し訳なさそうな表情を浮かべるんだ。
父はというと、俺の前に立って肩を軽く叩いてきた。
「お前にも本当は言うべきだったな。レイが生まれたときの話を」
何かを思うように、父の目は真剣だった。そんな父に、俺は柔らかい口調で答える。
「いや、いいんだよ。父さんと母さんだってあまり話したくないだろ? むしろ、俺の方こそごめん。思い出したくないよな、あんな過去……」
愛する娘が生みの親に酷い仕打ちをされていた過去など、考えただけで辛いに決まっている。
今日はたまたまシスターと再会し、話を聞いてきただけだ。
レイの火傷の痕だってそうだ。彼女自身、その痕がなんなのか知らないのだろう。知ったところで過去を消すことなんてできないんだ。
過去を知れば知るほど、俺の中でレイという存在が大きくなっていった。同情とは全く違う感情が、俺の心に溢れていく。
「父さん、母さん」
「うん?」
「俺、決めたよ」
俺は真顔ではっきりと今の想いを伝えた。
「これからはレイを大事にするだけじゃなくて、何かあったら支えてやろうと思う」
そんな言葉に、母は微笑んだ。
「あなたにそこまで想われてるレイは幸せね」
俺は小さく首を横に振る。
──母の言ったことは少し違うと思う。レイは、グリマルディ家の娘として育ってきたから幸せなんだ。俺はただ、いつも二人の後ろで彼女を見守ってきただけだ。