【番外編】孤高の弁護士と誓いの光 — 未来へ紡ぐ約束
隼人は、グラスを置いたあとも紬をじっと見つめ続けていた。
そのまま手を伸ばし、紬の頬にそっと触れる。
親指が静かに肌をなぞるたび、くすぐったいような、くすぐるような空気が流れる。

「……どうしたの?」

紬が小さく尋ねると、隼人はわずかに唇をゆるめたまま、静かに言った。

「早く酔ってよ、つむぎ」

その一言に、紬の意識がぱちんと跳ね返る。

——酔ってよ?

心の中で、その言葉を繰り返しながら、過去の記憶を辿る。
浮かび上がってきたのは、鎌倉旅行の夜。
あの時、自分は地酒に酔って、隼人に――もう思い出すだけで頬が熱くなる。

「……まさか」

目の前の男は、あの夜を覚えている。
そして、きっと、私がどの程度で酔うかも。

テーブルに残ったワインを見やる。グラスの中には、あとほんの一口分。
絶妙な量。
それが、ちょうど“酔い始める”境界線。つまり――完全に狙っている。

「よ、酔わないし。これくらいじゃ……」

言いながら、思わずグラスを胸元に引き寄せる。
隼人はすぐには何も言わず、ただ「ふーん、そうなんだ」とだけ言って――

紬の耳たぶを、指先でそっとなぞった。

「……っ」

柔らかく、繊細な動き。
ひと撫でされるたびに、ぞくっと背筋を電気が走るような感覚が抜けていく。
思わず身体がぴくりと揺れ、グラスの中のワインが、かすかに揺れた。

「な……に、それ……」

「弱いところ、でしょ」

くすりと笑いながら言う隼人の声は、わずかに低く、甘さを帯びていて。
視線も仕草も、どこまでも確信的だった。

「酔ってないって言うなら……」
「もう少し、ここ触っても平気ってことだよね?」

そう言いながら、また、耳たぶを――

「やっ、だめ……」

紬は思わず肩をすくめて身をよじる。
それでも隼人は笑みを浮かべたまま、紬を見つめ続ける。
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