髪の毛の悩みなら公女様にお任せあれ!~ヘアスタイルから始まる領地改革
「いいえ……やっぱり、なんでもありません」
「……」
もうすぐベアトリスの湯浴みの時間になる。明日の準備もあるしそろそろ戻らないと、とルシアナは気持ちを切り替えてケイリーを見た。
「2週間お世話になりましたわ。今度御礼をさせて下さいませ。それでは失礼致します」
一礼して去ろうとしたルシアナの手を、ケイリーが掴んできた。
「ケイリー様? ちょ、ちょっと?!」
「ごめん、こんな僕に抱き締められたって気持ち悪いだけだよね」
「いえ、そういう事ではなくて……」
手を捕まれそのまま手繰り寄せられたルシアナの体は、ケイリーの腕の中にすっぽりと収められてしまった。
ルミナリアに来た時は同じくらいの背だったのに、いつの間にかこんなに差をつけられていたのか。
男性の成長期とは恐ろしいものね。
髪の毛がボサボサで無精髭を生やした、だらしのない男なんて御免だと、突き飛ばしてしまえばいいものを。心臓が痛いくらいにバクバクと強く鼓動を打っているのに、嫌な気はしていない自分がいる。
だから抱きしめられたまま、目を閉じた。
「ケイリー様は……変わりたいですか? わたくしの隣に並ぶのに、相応しい男になりたいと思いませんか?」
高飛車すぎる物言いだとは思うけど、ケイリーならきっと許してくれる。
腕の中から見上げたケイリーの顔は、苦しそうに歪んだ。
「変わりたい……。けど人前に出たところで、また同じ事が繰り返されるのかと思うと、どうしても一歩を踏み出せないんだ」
自信を喪失したケイリーに、ルシアナの声はなかなか届かない。
「……明日の舞踏会、楽しんできて」
腕の拘束から解かれたルシアナは、静かに部屋から出ていき、そして微笑んだ。
『変わりたい』
――言質はとったわ。