髪の毛の悩みなら公女様にお任せあれ!~ヘアスタイルから始まる領地改革

「痛い……っ! 息が……っっ!! 誰か!」
「お嬢様っ!! お嬢様?! どこが痛いのです? お嬢様!!?」

 慌てふためく女性の声が聞こえてきて、ルシアナ・スタインフェルドはハッと瞳を開けた。
 ものを見るのは久しぶりなのか、窓から差し込む光が眩しくて目を瞬かせていると、心配そうな表情を浮かべた初老の侍女がルシアナの様子を伺っている。

「モニカ?」
「ルシアナお嬢様! あぁ、良かった。どこか痛がっていたご様子でしたが」
「え? あぁ、大丈夫よ。怖い夢を見ていたみたい」
「左様で御座いましたか」

 ホッと安堵の息を漏らしたモニカは、ルシアナの額から滑り落ちた濡れ布巾を拾い上げると、すぐ脇に置いてある桶に入れた。

「とにかくお目覚めになられて良かったです。もう何日も熱にうなされていたんですよ。今、奥様に知らせに行って参りますね」

 半ば小走りになりながら部屋から出ていくモニカを見送ると、ルシアナはベッドから体を起こしてぼんやりと辺りを見回してみる。

 マカボニーの赤みがかった茶色い、重厚感のある家具と、窓には贅沢にたっぷりと布地を使用してあるものの少し古ぼけたカーテン。棚の上には侍女のモニカが飾ってくれたのだろう。愛らしい花が活けられている。
 ルシアナがよく知る、自分の部屋だ。

「あの夢は一体、何だったのかしら」

 夢にしては生々しく、まるで実際に体験したことのようにリアルだった。

「『ニッポン』なんて国、聞いたことないわ」

 家庭教師に勉強を教わっているけれど、ニッポンなどと言う国は聞いたことがない。
 もしかしたらずっと遠い、海の向こうにある国なのかもしれない。まだ12歳にしかならない自分では知らないことが山ほどあるものね。とルシアナは、本棚にある資料を見に立ち上がった。

「おっとっと」

 何日も寝込んでいたので足元がおぼつかない。エネルギーのなくなった体をやっとの思いで動かして、各国の地理について書かれた本を手に取った。

「うーん、ないわねぇ……。それにしてもあのスマホとかタブレットって、便利だったわよね。文字を打ち込めば、瞬時に欲しい情報が出てくるんだもの。……って、何言っているのかしら、わたくしったら。『だった』だなんて、まるでわたくしが過去に使ったことがあるみたいに言って……」

 いや。確かに使ったことがある。

 そんな確信めいた気持ちがルシアナの中に生まれた。

「わたくし、熱のせいで頭がおかしくなっちゃったのかしら」

 ドレッサーの鏡に映る自分に話しかけるようにして覗き込むと、ルシアナは小さく悲鳴を上げた。

「やだっ! 何これ。ぐっちゃぐちゃだわ」

 鳥の巣よろしく。ルシアナの美しかったプラチナブロンドの長いストレートヘアは、枕とスレてくちゃくちゃに絡み合い無惨な姿になっている。
それも汗と脂でじっとりとして、お世辞にもいい匂いとは言い難い。
 これは早急に湯浴みの準備をしてもらおう。

 手ぐしで絡まった髪の毛を懸命に解いていると、カチャっと音とともに母親とモニカが入ってきた。
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