髪の毛の悩みなら公女様にお任せあれ!~ヘアスタイルから始まる領地改革
「りんご酢をかい?」
「ええ。ルミナリア地方以外ではまだりんご酢は珍しいのでしょう? それならもっとお料理に使ってもらって消費してもらうのです。生のりんごが売れないのなら、保存の長く効く加工品をもっと売るべきですわ」
ジャムは元から全国に流通しているので、これ以上の売上は見込めない。
他の加工品と言うとジュースが思いついたけれど、保冷して運ぶというのは現実味に欠けるし、前世の世界よりも技術的に遅れていて賞味期限的にも長くは持たないのだ。
その点りんご酢はジュースに比べると保存が効いて、遠くまで運んで売ることが出来る。
りんご酢が全国的にポピュラーでないのなら、売り込む余地はまだあるということだ。
「うーむ……りんご酢を」
「お嬢様、領主様の前でこんな事を言うのはなんですが……」
考え込んで唸っている祖父の脇から、師匠と呼ばれていたおじさんがおずおずと手を挙げた。
「何かしら?」
「あれは、お嬢様達が生まれるより前のことでしたでしょうか。領主様は以前、シードルをもっと広めて売り出そうとしたことがあるのです」
「う゛っ……嫌な思い出だな」
シードルというのはりんごの果汁を発酵させて作るお酒。ルシアナはまだお酒を飲めないので知らないけれど、程よい甘みと酸味がある、スッキリとした飲み口のお酒らしい。
祖父の反応を見るに、失敗談のようだ。
それで、と目線で促すと、ケイリーも興味津々な様子で師匠の話しに耳を傾けている。
「りんご酒はこの辺りでは当たり前に飲みますが、他の地域ではまだそんなに認知されておりませんでしたので、今のお嬢様の様な考えで全国的に広めようとなさったのですよね、領主様」
「ああ、そうだ。ぶどう酒の地位をとって食ってやろうと目論んだのだが、結果はわざわざ話さなくても分かるだろう?」
過去を思い出している祖父は、肩を落としながらため息をついた。どんな結果に終わったのかはルシアナでも分かったが、先にケイリーが答えてくれた。
「あー、今でも日常的に飲まれる酒と言ったら、ぶどう酒か麦酒ですね。僕はまだ酒を嗜む歳ではありませんが、周りの大人がシードルを飲んでいるところは見たことがありません」
「たまに嗜む程度の需要はあったが、日常的に飲むとなるとやはりな。あの二大巨頭には全く歯が立たなかったよ。ははは……」
力なく笑う祖父の姿に、見えかけていた希望が消えてしまった。きっと祖父なりに精一杯やれる事をやっての結果だったのだろう。
「その失敗事例を考えると、りんご酢を日常的に使ってもらうのは難しいんじゃないかって事ですわね」
「一部の地域の風習を、日常レベルで使われるほどに全国に広めるというのは容易くはないだろうね。食は地域や個人それぞれの好みやこだわりも強いし。不可能ではないだろうけど、相当な、それも根気強いプロモーション活動が必要だと思うよ」
「あーあ、いい案だと思いましたのに」