髪の毛の悩みなら公女様にお任せあれ!~ヘアスタイルから始まる領地改革
「何ですか? 『へあこんでぃしょなー』って」
これまで当たり前に酢水で髪をすすいできたのに、前世の記憶を取り戻してしまったせいか、このツンとする匂いが凄く気になる。思わず口から出てしまった言葉に、髪の毛をすすいでくれていいるモニカが首を傾げながら聞いてきた。
「髪の毛をコーティングしてサラサラにするクリームみたいなものよ。あ、でも開いたキューティクルを閉じて痛みを防ぐって意味では、このお酢だってコンディショナーだわ」
「……?? えぇと、きゅー……??」
「キューティクルよ。なにかいい方法はないかしら。お酢の代わりにレモン汁を使う方法もあるって聞いたことがあるけれど、さすがにそんな量のレモン汁なんて難しいわよねぇ……」
ルシアナの住むルミナリア公爵領はこの国の中でも北に位置し、冬には雪が降る。温暖な気候を好むレモンはあまり手に入らない。
前世の記憶を手繰り寄せながらぶつぶつと独り言を喋り続けるルシアナに、モニカもまた心の中で独りごちた。
(ルシアナお嬢様は、幾日も高熱に晒されたせいで変になったのかしら……)
心配するモニカをよそに洗髪を終えたルシアナは、スッキリサッパリして上機嫌である。
鼻歌混じりにお気に入りの香油を髪の毛に揉み込み、丁寧にブラシで梳かしてもらう。
「やっと元のサラツヤ・ストレートヘアに戻ったわ」
「はい。いつ見ても美しい髪ですね」
ルシアナの髪の毛はほとんど癖のない真っ直ぐな髪。それを前髪・後髪の区別なくストンと腰の辺りまで伸ばしている。
その姿が映る鏡をじーーっと見続けているルシアナに、モニカはまたもや首を傾げた。
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
「ねえモニカ、わたくしってちょっと面長よね?」
「え……? えぇと、そうですねぇ。そうでしょうか……?」
「卵型と言うよりかは少し縦長だと思うのよね。それなのに、こんな縦を強調するような髪型にしているなんて……!」
「そんなことを気にする必要は御座いませんよ。ルシアナお嬢様は世界で一番可愛いお嬢様です!」
自分の容姿にコンプレックスを抱いて落ち込んでいるとでも思ったのか、モニカはルシアナの可愛さについてツラツラとのべ始めた。
「ルシアナお嬢様の髪は絹糸がサラサラと風にゆれるようですし、お顔立ちだってパッチリとした翡翠の瞳にふっくらとした愛らしい唇をお持ちです。それからお肌だって……」
「あー、分かった。分かったわモニカ」
ルシアナに赤子の頃からお世話係として仕えているモニカは、ルシアナ贔屓だ。色眼鏡をかけてルシアナの事をみているのであんまり参考にならない。
「ねえ、髪の毛を切りたいの。理髪師を呼んでくれない?」
「それでしたら直ぐにでも呼べますよ。丁度今、ベロニカお嬢様の髪を切りに理髪師の方がいらしていますから」
ベロニカはルシアナの4つ年上、16歳の姉だ。
そういえば来週、公爵家でパーティーかあるんだけっけ。
そこにベロニカの婚約者候補に上がっている男性も来ると言っていた。
ルシアナとは真逆の、クセの強い髪の毛を気にしているので、少しでもマシになるようにと髪の毛を整えてもらっているのだろう。
健気な姉である。