髪の毛の悩みなら公女様にお任せあれ!~ヘアスタイルから始まる領地改革
 小一時間ほど待っていると、ベロニカの髪の毛を切り終えた理髪師に呼ばれた。
 いつも髪の毛を切ってもらう為に使っている部屋には大きな姿見が置かれ、光がたっぷりと差し込むように大きな窓が設置されている。

 ルシアナが椅子に座ると、鼻の下にちょこんと髭を生やしたいつもの理髪師が、営業スマイルを浮かべて話しかけてきた。

「ルシアナお嬢様の御髪は今日もお美しいですね」
「ありがとう」
「いつも通り、毛先を切りそろえれば宜しいでしょうか」

 理髪師のおじさんは霧吹きでルシアナの髪を湿らせながら、『一応』といった感じで聞いてきた。

「いいえ、今日は髪型を変えようかと思っているの」
「変える……と、申しますと?」
「わたくし、顔が少し面長なのが気になるのよ。だからレイヤーカットで顔周りにボリュームをだして、それから前髪も眉下辺りまで切って作ってちょうだい」
「れ、れいやーかっと……ですか?」
「そうそう。つまり、『段』を入れて欲しいってことですわ」

 レイヤーカットとは簡単にいうと、髪の毛の各部分に『段』をつけたカットのこと。それは上部と下部であったり、前と後ろであったり、あるいは中側と外側であったりと様々。髪の毛に段がつくことによって動きが出て、ふんわりと軽やかに仕上がるのである。

「段……ですか。顔周りに段……。こんな感じで顔横の髪を切ればよろしいので?」

 理髪師は眉間に皺を寄せながらルシアナの横髪をすくって取ると、耳横辺りで髪の毛を真横にジョキンと切る真似をした。

「違う違うっ! そんな極端な段じゃなくて、徐々に長さを変えていくのよ。先ずは前髪を作るでしょ。それからサイドの髪と上部をブロッキングしてそれで…………」

 説明している途中で気が付いた。
 この国のヘアスタイルと言えば、長さが長いか短いか。前髪があるかないかくらいな事に。
 そして大概髪の長さは、その人の身分や裕福さで決まる。髪の毛を手入れする余裕のある富裕層の女性の髪型はロング、それ以外の女性は大概ショート、というように。

 それなら富裕層の女性達がどこで差をつけるかというと、カットの仕方ではなく専らヘアアレンジである。

 今ここでこの理髪師にカットの仕方を教えたところで、練習もなしに出来るわけがない。前世のルシアナだって練習を何度もして習得したのだから。

「……やっぱり前髪を作って貰えばいいわ。あとはいつも通り毛先を揃えてちょうだい」
「ええ……はい、かしこまりました」
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