髪の毛の悩みなら公女様にお任せあれ!~ヘアスタイルから始まる領地改革
足取りも軽く食堂へと入っていくと、既に両親と姉が座っていた。入室してきたルシアナに母がのんびりと向けて話しかけてきた。
「ルシアナ、遅かったじゃありませんか。さあ早く座って……なっ、なんですか、その髪は?!」
「うっふふー。素敵でしょ?」
「素敵でしょ、じゃないでしょう、そんなに短くして! それではまるで農村かどこかの貧しい娘のようだわ……あ、あら? でもそんなにみずぼらしくもないわね」
「でしょう? わたくしが自分でカットしたのよ」
ふふんっ、と鼻高々に自らのヘアをアピールする。
一般的にこの国で女性が短いヘアスタイルにするのは、髪の御手入れにかける余裕がないから。だから必然的に貧しく見えてしまうのだが、ルシアナのヘアは違う。
ただ短く切りそろえたのではなく自分の骨格に合わせてカットし、ブローしてヘアスタイルを作り、さらに香油で艶を出しているのだ。どちらかというと、きめっきめの超お洒落スタイルだ。
「自分でカットしたって本当なの? 信じられないわ」
「熱でうなされているうちにわたくし、新たな特技を発掘しちゃったみたいですわ!」
驚いている姉のベロニカに、てへっと笑ってみせると「凄いわー」と素直に感心している。
お姉様の髪の毛は相変わらずね……。
ベロニカの髪の毛は強いクセ毛の為に、フワフワを通り越してボサボサに近い。毎朝クシを通すのも一苦労なようで、ヘアセットに30分以上はかかっているらしい。
今日ルシアナの前に、ベロニカが理髪師にヘアカットをして貰っていたはずだが、いつも通り毛先を切りそろえてもらっただけなのだろう。この国では極一般的なワンレンスタイルだ。
「まったく。ルシアナときたらなんでこう、ベロニカのように慎ましく、お淑やかにしていられないのかしらねぇ。あなたの行動力があり過ぎるところ、何とかならないの? そんな事では良縁に恵まれませんよ。あんまり出しゃばりだと男は嫌いますからね。だからね、ルシアナ。あなたは……」
「まあまあまあまあオリビア、髪の毛なんてすぐに伸びるさ。さあ食事が冷めてしまうよ。頂こう」
「もうっ、あなたったら呑気なんだから」
渋々と引き下がった母を見て、父は穏やかに笑っている。
母のオリビアが少々神経質になるのも無理はない。父も、そして祖父も結構のんびりとしてマイペースな人達だ。
公爵という身分にあるにもかかわらず、スタインフェルド家は決して贅沢三昧出来るような財政状況にはない。
先々代が王の弟だった事から公爵の爵位を賜り、このルミナリア地方を領地として預かっているが、ただそれだけ。
めぼしい資源も目立った産業もなく、強いて言うならば特産品のリンゴがあるくらいで、ルミナリアってリンゴ以外に何があるの? なんて世間では言われているような、超ド田舎なのだ。
ルミナリア地方を盛り上げよう!
と、母が嫁いできた時には父も頑張ったらしいのだが、如何せん父にも祖父にも領地運営の能力とか、ビジネスセンスというものが備わっていない。結局赤字ばかりを出してしまい『何もしない方がいい』というのが我が家の定石となってしまった。
そんなスタインフェルド家だから、母は娘達を少しでも良い縁談に恵まれるようにと神経を尖らせ気味になっている。
取り分け姉・ベロニカの縁談相手は、我が家にとって最重要事項と言ってもいい。
というのも、父と母には娘しかいない。
この国では爵位を継ぐことが出来るのは男の実子か、もしくは婿養子だけ。だから長女のベロニカの結婚相手が、父の後に爵位を継ぐ人となるのだ。
母と姉とが来週行われる公爵家主催のパーティーについて話していると、父がタイミングを見計らうようにして咳払いをした。