髪の毛の悩みなら公女様にお任せあれ!~ヘアスタイルから始まる領地改革
◇◆◇

「ルシアナ様は明後日には到着なさるそうですよ」

 ケイリーに仕える従僕が、照明用の魔道具のスイッチを押しに部屋へと入ってきた。
 この従僕はケイリーがかつてルミナリア公爵領を訪れた時にも随行してきたので、ルシアナのことを知っている。
「楽しみですね」と言う彼の言葉に、ケイリーは返事を濁した。

「……お会いにならないのですか? 長く滞在されるようですが」
「…………」

 押し黙ったまま沈む夕日を見ている主人に、従僕もまた口を噤んだ。

「夕食はいかが致しますか?」
「いつも通り部屋でとる」
「……かしこまりました」
 
 ここ何年かケイリーはずっと、食堂で家族と一緒にではなく、自室で一人で食事をしている。

 ――誰にも、会いたくない。

 他者(ひと)から向けられる目線が、こんなにも気になる事になるとは思ってもみなかった。
 しゃがみ込んだケイリーは、ルシアナから届いた手紙を握ったまま項垂れた。

 本音を言えば、会いたい。
 ルシアナと過ごしたあの2週間ほどの時間は、4年近く経った今でも色褪せることなくケイリーの脳裏に焼き付いている。
 
 彼女とは価値観が違う。分かり合えない。
 
 そうやって心からいくら追い払おうとしても、ルシアナは出ていってはくれなかった。
 だからもう一度、会ってみたい。
 
 けれど偉そうなことを言った手前、ルシアナにどんな顔をして会えば良いのか分からない。
 彼女が今の自分を見たら何と言うのか。
 だから言ったじゃないと罵られるのか。
 それとも哀れむような目でみてくるのか。
 考えてみただけでも苦しくなる。

 不甲斐ない自分に苛立ったケイリーは、ぐちゃぐちゃに髪の毛を掻きむしり嗚咽を漏らした。
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