眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
児童相談所の朝。
まだ冷房が完全には効ききらない室内に、重たい空気が漂っていた。
疲れの色を隠しきれない朝岡が、会議室の椅子に深く腰をかけたまま、手元のファイルに目を落としながら口を開く。
「……少し早いですが、始めます」
その言葉に、周囲の職員たちがざわつきをおさめ、次々と席に着いていく。
ざっくりと肩に掛けたカーディガン、コーヒーカップを手にしたままの若手職員。
まだ表情が寝ぼけたままの者もいたが、すぐに場の空気が張りつめていった。
「昨日の夜間に発生した重大事案について、お知らせします」
朝岡は、資料に目を落としつつ淡々と続ける。
「本日、深夜2時頃。杉並区内、川野美咲宅において、児童・川野結咲さんの緊急保護のため、臨検が実施されました」
会議室のあちこちから小さく息を呑む音が上がる。
児相で「臨検」の二文字が出るとき、それは平常ではない証だった。
「なお、警察官と連携のうえで室内の捜索が行われ、児童・川野結咲は生存を確認。重度の熱中症の診断により、市内の小児医療センターへ搬送、現在も入院加療中です。命に別状はありません」
一瞬、安堵の空気が広がるが、それも一拍だけだった。
「この対応にあたった佐原は、夜通しの現場活動によって体調を崩し、現在、自宅にて休養中です。詳細については、担当だった私の方から、朝のうちに病院・警察との連携を続けます」
そこまで話して、朝岡は一度、少し目を閉じて深く息を吐いた。
「質問がある方はどうぞ」
数秒の静寂のあと、若い女性職員が手を挙げる。
「……母親の所在は?」
「本日早朝、周辺巡回中の警察官によって保護されています。現在、生活安全課にて任意の事情聴取を受けている段階です。結果次第では、一時保護延長および一時保護所移送の対応も想定しています」
次に、年配の男性職員が口を開く。
「児相として、保護後のフォローアップ体制は?」
「まずは医療面の安定が優先されます。その後、医師の判断を仰ぎつつ、必要な心理評価、そして母親の養育意思と環境確認。佐原に代わって、ベテランの金子が中心となってチームを編成しています」
他にも数名が口を開き、情報確認や支援体制についてのやりとりが続く。
朝岡はその全てに、穏やかだが一切の緩みなく回答していった。
議事がひと段落すると、朝岡は最後に一言だけ加えた。
「……佐原の対応がなければ、この児童は命を落としていたかもしれません」
その一言に、誰もが静かにうなずいた。
彼女の仕事ぶりを直接見た者は少ない。
けれど、それでも――この場にいる誰もが、その夜の重さを察していた。
長い会議の終わり、誰からともなく立ち上がり、静かに動き出す職員たちの背に、まだほんの少し夜の名残が重く影を落としていた。
まだ冷房が完全には効ききらない室内に、重たい空気が漂っていた。
疲れの色を隠しきれない朝岡が、会議室の椅子に深く腰をかけたまま、手元のファイルに目を落としながら口を開く。
「……少し早いですが、始めます」
その言葉に、周囲の職員たちがざわつきをおさめ、次々と席に着いていく。
ざっくりと肩に掛けたカーディガン、コーヒーカップを手にしたままの若手職員。
まだ表情が寝ぼけたままの者もいたが、すぐに場の空気が張りつめていった。
「昨日の夜間に発生した重大事案について、お知らせします」
朝岡は、資料に目を落としつつ淡々と続ける。
「本日、深夜2時頃。杉並区内、川野美咲宅において、児童・川野結咲さんの緊急保護のため、臨検が実施されました」
会議室のあちこちから小さく息を呑む音が上がる。
児相で「臨検」の二文字が出るとき、それは平常ではない証だった。
「なお、警察官と連携のうえで室内の捜索が行われ、児童・川野結咲は生存を確認。重度の熱中症の診断により、市内の小児医療センターへ搬送、現在も入院加療中です。命に別状はありません」
一瞬、安堵の空気が広がるが、それも一拍だけだった。
「この対応にあたった佐原は、夜通しの現場活動によって体調を崩し、現在、自宅にて休養中です。詳細については、担当だった私の方から、朝のうちに病院・警察との連携を続けます」
そこまで話して、朝岡は一度、少し目を閉じて深く息を吐いた。
「質問がある方はどうぞ」
数秒の静寂のあと、若い女性職員が手を挙げる。
「……母親の所在は?」
「本日早朝、周辺巡回中の警察官によって保護されています。現在、生活安全課にて任意の事情聴取を受けている段階です。結果次第では、一時保護延長および一時保護所移送の対応も想定しています」
次に、年配の男性職員が口を開く。
「児相として、保護後のフォローアップ体制は?」
「まずは医療面の安定が優先されます。その後、医師の判断を仰ぎつつ、必要な心理評価、そして母親の養育意思と環境確認。佐原に代わって、ベテランの金子が中心となってチームを編成しています」
他にも数名が口を開き、情報確認や支援体制についてのやりとりが続く。
朝岡はその全てに、穏やかだが一切の緩みなく回答していった。
議事がひと段落すると、朝岡は最後に一言だけ加えた。
「……佐原の対応がなければ、この児童は命を落としていたかもしれません」
その一言に、誰もが静かにうなずいた。
彼女の仕事ぶりを直接見た者は少ない。
けれど、それでも――この場にいる誰もが、その夜の重さを察していた。
長い会議の終わり、誰からともなく立ち上がり、静かに動き出す職員たちの背に、まだほんの少し夜の名残が重く影を落としていた。