眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
シャワーを浴びたあと、なんとなく冷蔵庫を開けて、あり合わせのヨーグルトとフルーツをテーブルに並べる。

栄養バランスも味も、どうでもよかった。

何かを口にして、体に入れて、息がつければそれでよかった。

「ふう……」

ひと息ついて、ソファに浅く腰かける。
“今日は泣く日”って、朝から決めていた。

我慢しない。耐えない。吐き出す。
そう決めていたのに、いざとなると、泣けない。

泣くって、エネルギーがいるんだな。
疲れているはずなのに、張り詰めたものがなぜかまだ解けていない気がする。

体は楽になった。でも、心が置いてきぼりだ。

そのとき。
テーブルの上のスマホが、振動と共に鳴った。

「……早瀬さん?」

番号を交換したとき、「念のためです」とだけ言われた。
まさかその“念のため”が発動する日が、こんなに早く来るなんて。

3コール目で、恐る恐る応答する。

「……もしもし、佐原です」

「おはようございます。……あ、寝起きじゃないですよね、すみません」
くす、と笑うような声。

いつもの、低くて、穏やかな声。

それだけで、ふっと胸の奥があたたかくなる。
優しさが、じんわりと染み込んでくる。

「大丈夫ですか? 熱中症は時間が経って悪化することもあるみたいなので、冷たいもの食べて、休んでくださいね」

──ああ。

言葉よりも、その声にこもる温度が、やさしさが、だめだった。

なにかの糸がぷつんと切れたように、
頬を伝う涙があとからあとから溢れて止まらなくなってしまった。

「……う……うぅ……」

嗚咽を漏らす自分に驚きながらも、止められなかった。
ただの電話。
たった一言の気遣い。
それだけで、どうしてこんなに泣けるんだろう。

教科書にだって載ってない、こんな涙。

少し間が空いて、電話の向こうの早瀬が、戸惑い混じりに、それでも優しく言った。

「……安心したんですね。逆に、泣いてくれてよかったです」
「佐原さん、泣いた時が、心が緩んだ時だと思うので」

──そんなことまで、知られてるんだ。

私、大学と大学院で6年も心理学やったのに。
私よりこの人、人の心理に詳しいんじゃない?

ちょっと悔しい。だけど……それよりも、今はただ。

この人の声に、包まれていたい。
何も言わなくていい。
ただ、耳元で、そっと話していてくれたら、それでいい。

そんなふうに思ってしまう自分がいて──
また、涙が一粒、ぽとりと落ちた。
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