眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
しばらくの間、泣いていた。
鼻をすする音も、しゃくりあげる声も、何一つ隠さずに。
電話はずっとつながったままだった。

誰かが、自分の涙を、待っていてくれる。
そんな経験──いや、そもそも、人に泣いてるところを見せたことなんて、一度もなかった。

ようやく少しだけ呼吸が整って、思い切って、声を出す。

「……早瀬さん?」

「はい」
変わらぬ穏やかな声。まるで、ずっとそこにいてくれたみたいに。

「明日、……お休みですよね?」

「お休みです」
ためらいのない即答。

言葉が震えるのを抑えきれないまま、それでも、心に浮かんだ言葉をそのまま口にする。

「……あの、明日……会いたいです。ご迷惑じゃなければ……」

一瞬の沈黙もなく、

「もちろん、迷惑なんかじゃないです」
「気晴らしに、どこか行きましょうか」

胸が、すうっと軽くなった。
張り詰めた糸が、優しく撫でられてほどけていくみたいに。

「……はい。……心のエネルギーが、足りません」

「じゃあ、心が温まるプランを考えておきますね」
「明日、迎えに行きますよ」

その言葉に、花音は、ふと笑っていた。

警戒も何もなかった。
名前を交換したときよりもずっと自然に、するすると自分の住所を口にしていた。

「お願いします……」

──これが、早瀬さんの“テクニック”だったとしても、別にいい。

仕事の延長でもいい。
その先に、私がずっと怖がってきた“恋愛”が待っていたとしても、それでもいい。

そんなこと、どうでもよかった。

とにかく今、私の心が、
どうしようもなく“早瀬匠”という存在を求めているのだから。

それだけは、はっきりしていた。
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