眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
お土産コーナーを出てからも、花音は小さなイルカのぬいぐるみを袋の中でそっと撫でていた。

ふとしたタイミングでぽつりと漏らす。

「……ぬいぐるみ、買ったら、実家の猫を思い出しました」

早瀬がゆっくりと歩きながら視線を向ける。

「猫、飼ってるって言ってましたよね。……黒猫のマロンちゃん」

「そうです、よく覚えてますね」

「最初に一緒にご飯食べた時、猫の話で一気に距離が縮んだなって」

花音はくすっと笑って、頷いた。

「そうでしたね……ミルクちゃん、でしたっけ? 白い猫の」

「はい、うちの母が溺愛してるんですけど、僕も結局取り合いになります」

懐かしそうに話す早瀬に、花音は柔らかく笑ったあと、小さく息をついて続けた。

「……会いたくなりました、マロンに。すごく、久しぶりに」

「実家、近いんですか?」

「千葉の柏です。少し頑張れば行けるんですけど……まあ、面倒なので行かないです」

笑いながら口にした言葉の奥に、ふと滲むものを感じて、早瀬は問いかける。

「面倒って……行くのが?」

「……いえ、母親に今の仕事のこと、すごく心配されるんです。怪我したり、倒れたりして……まあ、無理もないんですけど。本当、笑えないなって思います」

花音の目元にわずかな影が差す。
早瀬はほんの一瞬、何かを噛み締めるような表情になり、そっと言葉を重ねた。

「……僕のせいです。ちゃんとあなたを守るのも、僕の仕事だったのに」

「そんなこと、言わないでください」

花音は急いで返し、少し頬を赤らめた。

「その節はありがとうございました。本当に。足を捻って、病院まで送ってもらって……」

その瞬間、ふたりの間にふっと沈黙が落ちる。

――あの時。病院の受付で、看護師に「旦那さんですか?」と聞かれたことを思い出した。

花音はその記憶が一気に蘇って、頬の赤みがさらに濃くなった。
ちらりと早瀬を見ると、彼もまるで同じ映像を思い出したかのように、口元をゆるめて笑っていた。

「……うち、すぐそこなんですよ。実家。猫、見ていきます?」

「……えっ、いいんですか?」

「はい、ミルクは家族以外にも懐きますし。もふもふさせてもらってください」

「ミルクちゃん……ふわっふわでしたよね? やった、ぜひ! もふもふさせてください!」

花音は思わず子どものように顔を輝かせた。

道の先にある“実家”が、どこか温かな居場所に見えた。そこには猫と、家族と、そして──彼の過去がある。
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