眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
早瀬の案内で住宅街の一角、彼の実家の前にたどり着いた時だった。
門扉の前で立ち止まった花音は、ぬいぐるみの袋を持つ手にふと力が入るのを感じた。

……猫に釣られてここまで来たけれど、これって、よく考えたら。

「……あの」

「ん?」

「実家に、突然、女性を連れて行くって……ご両親、驚かせてしまいませんか?」

花音が小声で訊ねると、早瀬は少し考えたふうな顔をしてから、あっさりと返した。

「まあ……驚くかもしれませんが、ドッキリみたいな感じでいいんじゃないですか」

「……え、そういうノリなんですか?」

「そういうノリです」

軽く笑いながら門を開けて歩き出す早瀬の背中を、花音は小走りで追いかけた。
だが、玄関に差し掛かったところで、家の側面──庭のほうから、誰かの気配がした。

「おっ、匠! おかえり!」

ひょっこり現れたのは、麦わら帽子をかぶり、長靴姿で、両手に園芸用のスコップを持った男性。──早瀬の父だった。

「わああああ、お母さーん!! やばい、え、俺今めっちゃふざけた格好してるんだけど、なんで言わないの匠、先に!お客様来てるとか!」

「……ほらやっぱり」と花音が視線で訴えると、早瀬は肩をすくめて笑いながら実家の玄関の扉を開けた。

「ただいまー」

その声を聞きつけて、家の中からバタバタと誰かがやってきた。エプロン姿、髪をざっくり束ねたまま──お母さんだった。

「ちょ、ちょ、ちょっと匠……! お母さんすっぴんなんだけど!? 本気であんた暑さで頭やられたの!?」

そう言いつつも、花音には優しい笑みを向けて、

「こんにちは、わざわざ……暑い中、大変でしたよね」

と挨拶してくれた。だがその間も、彼女の手は息子・匠の胸をバシバシと遠慮なく叩いていた。

「だからちゃんと言いなさいっていつも──!」

「ごめんって、でもサプライズって言えばちょっと良くない?」

「良くないわよ! せめて5分前に言いなさいよ、5分あれば眉毛描けたわよ!」

そんな母子のやりとりに、花音は思わず吹き出しそうになった。

──ああ、なんだか、すごくいい家だな。

早瀬が見せる表情の柔らかさも、ようやく腑に落ちたような気がした。
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