眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
玄関で靴を脱ぎ、リビングへと案内されると、すぐにふわふわした毛のかたまりが花音の足元に近づいてきた。
白猫──ミルクだ。

「……ミルクちゃん」
花音はそっとしゃがみ込み、指先を差し出した。
ミルクは警戒するどころか、すんなりとその手に鼻を寄せて、くるりと尻尾を巻きつけるようにしてすり寄った。

「すごい……すっごく、かわいいです……」
思わず頬が緩む。
ぬいぐるみの袋をそっと傍らに置き、撫でる手に思わず力がこもった。

「ミルク、人見知りしないんですよ」
後ろから早瀬が笑いながら言う。

すると、さっき庭にいた父が、長靴を玄関で脱ぎ、麦わら帽子を手に持ってリビングに現れた。
顔には土のついたタオルの跡があり、Tシャツの肩口には草の切れ端がついている。

「いやー、すみませんな。畑いじってたもんで、こんな格好で。……で?」

父が改めて花音の姿を見て、目を丸くする。

「匠、お前……急に女の子連れてくるって、びっくりするだろ普通」

そこへ母も戻ってきて、やや落ち着いた様子で花音に言った。

「……あれ、てっきり彼女さんかと思ったけど、違うの?」

その言葉に、花音が一瞬固まるより先に、早瀬があっさりと返す。

「うん、付き合ってない。友達」

──一瞬、空気が止まった。
音のない沈黙。ミルクだけが喉を鳴らしている。

「……っ」
花音は思わず膝をついたまま、ぴしりと背筋を伸ばして頭を下げた。

「す、すみません……お仕事で知り合っただけなんです。
それで……たまたま猫好きって共通点があって、ミルクちゃんのことは前から伺っていたので……。
私も実家で猫を飼っていて、それでつい、早瀬さんの“見に来ませんか”って誘いに釣られて来てしまって……あの、ご迷惑とも考えず、本当に申し訳ありません……!」

花音の真面目な声音と丁寧すぎるほどの言葉に、沈黙がほどけるように、両親が顔を見合わせた。

そして、母がふっと笑って言った。

「いえいえ、そんな……びっくりしただけよ。だって突然だもの。ね?」

「おう。俺はてっきり、結婚でも決めたのかと思ったぞ」
父も麦わら帽子を胸に抱えながら、苦笑する。

「でもまあ、ミルクをそんなに可愛がってくれるなら、大歓迎だよ」
母が優しく言って、ミルクの頭をぽんぽんと撫でる。

「ミルクも気に入ってるみたいだしね」

花音は顔を上げ、小さく「ありがとうございます」と微笑んだ。

その隣で、早瀬は特に気にするふうでもなく、ミルクのしっぽを指先でつつきながらぼそりと言った。

「……猫好きって、わかると放っておけないんですよ」

母はそれを聞き逃さず、にやりと笑った。

「まったくもう。サプライズにもほどがあるわよ」

父も「次はもうちょっと教えてくれ」と笑いながら言い、ようやく場が和んでいった。

花音は改めて、ミルクの温もりと、この家の優しさを胸に感じながら──
(……やっぱり、すごくいい家だ)と心の中でつぶやいた。
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