眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
「そういえばね、昨日パウンドケーキ焼いたのよ。嫌いじゃなければ、どう?」

台所へ向かいかけた母がふと立ち止まり、花音に振り返って声をかける。

「ぜひ、いただきます。甘いもの、好きなので」

花音は笑顔で即答した。
すると、その返事を聞いた早瀬が小さく身を寄せてきて、花音の耳元に声を落とす。

「……心のエネルギーを回復させるとか言ってたのに、逆に気を遣わせてしまってすみません」

花音はくすりと笑いながら、小さな声で返す。

「いえ……温かい家庭で、久しぶりにほっこりしました。……早瀬さんの優しさ、ご両親譲りなんですね」

何気ない言葉のように、しかし少しだけ感情の込もったその一言に、両親は思わず顔を見合わせた。

「いやあ……そんなこと言われると、照れるわねぇ」
母が照れ笑いを浮かべ、父も気恥ずかしそうに鼻をこすった。

「たくみ、現場でそんな優しいのか?」

「はい」
花音ははっきりと頷いた。

「保護対象の子どもにも、特に警察官の中では群を抜いて優しくて……本当に安心してお任せできる存在です」

「おお、嬉しいなあ……」
父が感心したように目を丸くする。

「お前の働きぶりなんて、誰もこっちには教えてくれないしな。親としては、こういう話が一番嬉しいよ」

花音が早瀬のほうをちらと見ると、彼はふわりと笑みを浮かべて、目を細めた。

その柔らかい表情に、父が思わずもどかしそうな顔をする。
だが花音は気づかないふりをして、ミルクの背中を撫で続けた。

しばらくして、湯気の立つ湯呑みと、きれいに切り分けられたパウンドケーキを載せたお盆を手に、母が戻ってくる。

「お待たせ、花音さん。……で、ちょっと気になってたんだけど」

にっこり笑ったまま、さらりと尋ねた。

「たくみの、どんなところを気に入ってくれたの?」

「母さん」
早瀬が即座に制止する。

「だから、友達なんだってば」

「友達でも、気に入ってるところはあるでしょ?」

「……ないとは言わないけど、そういう聞き方ある?」

軽いやり取りを横目に、花音は落ち着いた声で口を開いた。

「……友達として、というか。いつも現場で守ってくれる人として、私はとても頼りにしています」

ミルクを撫でながら、視線は柔らかく早瀬に向けられる。

「今まで、何度も危険な目に遭ってきました。でも、早瀬さんはその度に、子どものことだけじゃなく、私たち支援職のことまでちゃんと見て、全力で支えてくれたんです」

言いながら、ふっと息をつくように笑う。

「正直……早瀬さんがいなかったら、私、とっくにダメになってたと思います」

しん、と一瞬空気が止まる。

「……母さんが変なこと聞くから、順序のおかしい挨拶みたいになっただろ」
早瀬がむくれたように言うと、

「いいじゃない、多様性の時代なんだから」
母はお茶を差し出しながら、平然と返した。

「多様性って、そういう意味じゃないだろ」
早瀬の小言に、父と母は声を合わせて笑った。

ミルクはまるでその場の空気を読んだかのように、花音の膝の上でごろりと身を丸めた。
その体温が、花音の胸にじんわりと沁みる。

──居心地のいい、ささやかな時間が、そこには確かに流れていた。
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