眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
パウンドケーキがちょうどなくなった頃、父がぽんと膝を叩いた。

「そろそろ昼ご飯の時間じゃん。……うちで出前でもとって食べてくかい?」

唐突な提案に、花音は思わず手を振った。

「いえ、そんな……ご迷惑ではないですか?」

「世話好きなんだよ、うちの親」
早瀬が口を挟む。

「よかったら、受け止めてあげて」

その軽口に花音は小さく笑ってから、ぺこりと頭を下げた。

「……そうなんですね。では、お言葉に甘えて」

「うんうん、よかった〜!」
母が嬉しそうに声を上げる。

「もっといろいろ聞きたいわ〜。うち男兄弟だからさ、女の子、ほんとに嬉しいのよ」

「……病み上がりなんだから、あんまり質問攻めにしないでよ」

早瀬が苦笑まじりに言うと、母の眉がぴくりと動いた。

「え? 病み上がり? ……ご病気だったの?」

花音はすぐに応じる。

「いえ、大したことではありません。一昨日の現場対応で少し長引いてしまって……熱中症になりまして。でも、もう今は落ち着いていますので」

「まあ、そうだったの……」
母は少し表情を曇らせてから、すぐにぱっと切り替える。

「じゃあ、お昼は消化にいいものにしましょうね。おかゆ系とか、おうどんとか、どうかしら?」

「ありがとうございます。お気遣い、本当に……」

「それなら尚更だな」
父が小さく呟くように言った。

「ゆっくりして行って。あ、あとで……うちの野菜も持たせよう」

そのひと言に、早瀬が苦笑した。

「また……袋いっぱいに詰める気でしょ」

「だって食べきれないんだよ。食べてもらったほうが、野菜も喜ぶだろ?」

「……お父さん、詩人になった?」

「うるさい、食べ物には気持ちが宿るんだよ」

そんな父子のやりとりに、花音は再び笑みをこぼした。

──どうしてだろう。
こんな風に心の底から笑ったの、ほんとうに久しぶりな気がする。

やっぱり、来てよかった。
そう、花音は静かに思った。
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