眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
台所からは、お茶の香りがふんわりと漂ってきていた。
食後のまったりとした時間。
縁側の方から、父と早瀬の笑い声が微かに聞こえてくる。

その中で、母はふとトーンを落として、静かに花音の方を向いた。

「……本当に、無理してない?」

その言葉は、花音の心の奥にふれるような優しい声だった。

「児童相談所って、大変でしょ? さっきからずっと思ってたんだけど……少し、目が腫れてるみたいで」

花音は、はっとして、思わず目元に手をやる。
鏡を見たわけでもないのに、それを見抜かれていたことに驚きながらも、どこか納得したように、ゆっくりと頷いた。

「……はい。昨日、泣いちゃったので。……なんでもお見通しですね」

小さく笑って続ける。

「早瀬さんにも、いつも、なんでも見抜かれちゃうんです。泣いてる私を……電話越しにずっと、何十分も待っててくれたりして。私……心も、何度も早瀬さんに救われてきました」

言葉を選びながら、けれど、自然とこぼれるように紡がれていく本音。

「緊迫した現場では、自分の痛みに鈍くなることがあるんです。子どもを守らなきゃって、そればかりで。
……でも、早瀬さんは、私が自分でも気づかない痛みに、いつも気づいてくれるんです」

思い出すのは、過酷な夜の現場で、差し伸べられた温かい沈黙。
焦らせず、急かさず、ただ寄り添う手。

「私、一応心理の勉強してきた人間なんですけど……早瀬さんのほうが、ずっと、人の気持ちがわかるような気がして。恥ずかしくなっちゃうくらい、です」

その言葉に、母はゆっくりと頷きながら、花音の手にそっと自分の手を重ねた。

「……でもね、あなたのその柔らかな物腰とか、言葉の選び方とか……やっぱり、プロって感じがするわよ。ほんとに」

静かな目で花音を見つめながら、穏やかに言葉を続ける。

「頑張りすぎないでね。……たくみにできることがあるなら、頼って。あの子、きっと喜ぶと思うから」

胸の奥に、じんとくるようなあたたかさが広がる。

──守られるばかりじゃなくて、守らせてあげることも、きっと信頼の一つなのかもしれない。

「……ありがとうございます」

花音は小さく笑って、その言葉の重みをしっかりと胸にしまった。
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