眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
気がつけば、すっかり陽が傾いていた。

「……ずいぶん、長居してしまいました」

縁側を出た花音は、両手に野菜の詰まった袋を抱えながら、空を見上げた。
ほんのり赤く染まった雲が、ゆっくり流れている。

「そんなに持てる?」
早瀬が隣から覗きこむように訊ねると、花音は小さく笑って頷いた。

「はい。いただいた分、ちゃんと責任持って食べますので」

その足元では、まだ袋の中をじっと見つめている。

「……虫、もう入ってないですよね……?」

「いないいない」
野菜を手渡した父が苦笑する。

「ちゃんと全部水で洗ったし、袋もチェックしたし。信じて?」

「そうだといいんですけどね……」
花音はそう言いながらも、チラリと袋の隙間を再確認していた。

その様子を見た早瀬が、くつくつと笑いながら一言。

「……なんか、本当の親子みたいですね」

花音がきょとんとして彼を見上げると、早瀬は肩をすくめて、

「いや、うちの親とあんなに自然にやりとりしてるの、初めて見たから」

「え、そうなんですか?」

「うん、ほんとに」

ふと、花音の目元が少し緩んだ。

「……なんだか、私も“家”に帰ったみたいな気がしました」

そんな二人のやりとりを見届けた母が、玄関の段に腰をかけたまま、やわらかな口調で言った。

「2人ともね、無理は禁物よ? しっかり食べて、しっかり寝るの。いい?」

「はい」
花音が素直に返すと、母はさらににこりと笑って、

「花音ちゃんは、ご飯作る元気がない時は、いつでもうちにいらっしゃい。遠慮なんていらないから」

「ありがとうございます……!」

すると早瀬が横から口を挟んだ。

「え、俺は?」

「匠はね……一食500円よ」

「えぇ!?」
早瀬の情けない声に、花音がつい吹き出す。

「ちょっ、なんで俺だけ有料……」

「だってたくみ、家にいた頃から食べすぎなんだもん。ちゃんと回収しないと」

母はしたり顔で言いながら、花音の方へ向き直る。

「花音さん、もう一つの実家だと思って、いつでもおいで。抱え込まないのよ? 女同士にしかできない話って、あるでしょ?」

「……はい、なんだか心強いです」

母の言葉に、花音は深く頷いた。その横顔には、ほんの少しの安堵がにじんでいた。

「……じゃあ、そろそろ帰りますね。突然お邪魔したのに、たくさんお土産まで……ありがとうございました」

「ほんとに、冷やしうどんも、お野菜もごちそうさまでした」
花音は袋を抱え直し、きちんと背筋を伸ばして、ぺこりと深く頭を下げた。

その姿を、家族みんなが穏やかな目で見つめていた。

──陽が落ちていく住宅街の一角。
小さな旅路の終わりのような、静かな温かさがそこに流れていた。
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