眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
花音と並んで歩く帰り道。
住宅街の夕景はどこか優しくて、しかしその穏やかさの分だけ、胸の内にぽつりと反省の色が滲んでくる。

「……ちょっと、寄って帰るつもりだったんですけどね」
早瀬は歩きながら言った。
「あんなことになってしまって、すみません」

あんなこと──虫騒動から、予想以上に深く踏み込んだ家庭訪問になったことまで、いろいろ。

だが、花音は首を横に振ってすぐに返した。

「いえ……正直、あんなに温かい家族がこの世界に存在するなんて、今でもちょっと信じられないです」

早瀬は思わず笑ってしまう。

「大袈裟ですよ。あれ、普通の親ですよ。たぶん」

けれど、そう言いながらも心のどこかで──ああ、そうか、と納得もしていた。
花音がどんな現場に身を置き、どんな“家”と向き合っているのかを、彼は知っていたから。

「でも……あんまり、2人で話す時間、なかったですね。順序、おかしくなってしまって」

言いながら、視線を隣に向ける。
花音は少しだけ口元を緩めて、早瀬のほうを見た。

「それなら、順序、合わせますか?」

その一言が、少し風の止まった時間にぽたりと落ちた。

「少し……うちに、上がってください」
「2人で、ゆっくり話しませんか?」

早瀬の歩みが、ふと止まった。
まるで想定していなかった提案に、一瞬、どう反応していいか戸惑った。

けれど──花音の横顔には、恐れも不安もなくて。
ただ「信じている」というまなざしだけが、静かにそこにあった。

……信じてもらってる。

そのことが、胸の奥にじわりと、熱を宿らせる。

「……わかりました」

早瀬は静かに頷いた。

「僕も、話したいことありますから」

そして、肩にかけた野菜の袋を少し持ち直して、歩き出す。
目的地は、花音の家──1DKの、彼女の居場所。

外では見せない素顔や弱さに、もう少し触れられる気がした。

心の順序を、すこしずつ重ねていくための、静かな夜のはじまりだった。
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