眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
1DKの部屋にただよう柔らかな静けさ。
カーテン越しの西日が、部屋の壁を淡く染めていた。

ソファに並んで腰を下ろすと、花音は自然と早瀬のほうに体を向けた。
ほんの少し、背筋を伸ばし、相手の目をまっすぐ見つめて言葉を選ぶ。

「……本当に、ありがとうございました」

その声は、今日一日の終わりを締めくくるように、深く静かだった。

「児相の職員になってから、こんなに気持ちが楽になったこと、なかったんです。
大丈夫なふりをして、気づかれないように振る舞うのが日常で……でも今日は、ずっと、気を抜いていられました」

早瀬は何も言わず、ただ真剣に耳を傾けてくれる。
その視線に、花音はそっと微笑んだ。

「やっぱり……人を救うのって、お金でも、法律でもなくて……結局は、人のあたたかさなんだなって。
今日、ご家族に触れて、そう思いました」

小さく頷いた早瀬は、静かに言葉を返してきた。

「そう思ってもらえたなら、よかったです」

そして、少し声を落として付け加える。

「……この前、恋愛や結婚の先に幸せがあるとは思えない、って言ってましたよね。
今は、どうですか?」

その問いかけに、花音の視線がふっと揺れる。
思わず、小さく俯いた。

「……正直、ずっと、人を信じることが怖かったんです。
性善説なんて、現場じゃ通用しないって、毎日証明されてるようなものですし……」

言葉を切って、小さく笑う。
自嘲ではなく、少しの照れと、確かな希望を含んだ笑みだった。

「でも今日、早瀬さんと一緒にいて、ご両親と過ごして……“人のあたたかさを信じない”っていう方が、難しいって思ったんです」

目線を上げたとき、早瀬と目が合った。

「だって……今の私は、心から、“早瀬さんと出会えてよかった”って思ってるからです」

沈黙が落ちる。
でも、それは気まずいものではなく、どこか、安心できる静けさだった。

夕日が少し傾き、ソファの影が、2人の足元にゆっくりと伸びていった。
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