眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
しばらくの沈黙のあと、早瀬がゆっくりと口を開いた。
その声は穏やかで、けれど言葉のひとつひとつに、芯のある重みが宿っていた。

「……佐原さんに、そう思ってもらえたなら」

ほんの少し笑みを浮かべて、目を細める。

「順序、間違っといてよかったです」

花音が驚いたように目を瞬くと、早瀬はそのまま続けた。

「きっとあのまま、何も起きずにいたら──あなたは、僕と恋愛をしてみようなんて気にはならなかったか、それか……それは不本意な恋愛になっていたかもしれない」

言いながら、視線を少しだけ落とす。
それは、自分の気持ちに誠実であろうとする、彼なりのけじめだった。

「もし、佐原さんが、恋愛やその先に希望を見出せないなら、僕は、身を引くつもりでした。無理に繋がることが、あなたをまた傷つけることになるなら……って」

花音は黙って聞いていた。胸に手を当てて、ひとつひとつの言葉を噛み締めるように。

「でも今日、僕の家族に触れてもらって、あなたの中で──何かが変わったのなら」

そう言って、早瀬はふっと笑った。

「……それなら、ミルクの存在が僕たちを引き寄せたってことですね」

その優しいユーモアに、花音の頬がふわっと緩む。
そして──真っ直ぐに見つめられた。

「佐原さん……いや、花音さん」

名前を呼ぶ声には、今までよりも少しだけ近い距離感が宿っていた。

「僕と、お付き合いしていただけますか?」

部屋に、柔らかな沈黙が落ちる。
けれど、それは答えをためらうものではなくて──ただ、温度が胸に届くのを待つような、優しい間だった。

花音は、恥ずかしそうに、それでも真っ直ぐに笑った。

「……はい。よろしくお願いします」

そして、そっと彼の手に、自分の手を重ねた。

温もりが、確かに、そこにあった。
< 121 / 247 >

この作品をシェア

pagetop