眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
キッチンには、野菜の香りと湯気、そしてどこかくすぐったい空気が満ちていた。

まな板の前に立つ花音が、人参を細かく切っていると──
ふいに、横から匠が覗き込んできた。

「……どうしたんですか?」

刃の先を止めて問いかけると、匠は飄々とした顔で言った。

「かわいいから」

その一言に、包丁を持つ手がピクリと震える。

「……ちょっと、いちいちそんなこと言わないでください」

顔を逸らすと、匠は少し首を傾けて、真っ直ぐにこちらを見る。

「なんで?ずっと思ってたよ、可愛いなって」

「…………」

言葉をなくして、手元に目を落とす。
野菜の色がにじんで見えるのは、湯気のせい。多分。

「……調味料、そこにありますから。味見してください」

話を逸らそうと差し出すスプーンに、匠が素直に口をつける。

「ん、美味しい。……でも、君が赤くなってる顔のほうがもっと甘いかも」

「……」

これ以上、口を開いたら変な声が出そうで、花音は黙って鍋に向き直る。

ただ、どんなに顔を背けても、頬の熱は誤魔化しようがなかった。

──それでも。

なんだか、すごくあったかい。
こんな会話も、同じ時間を過ごすのも、悪くないどころか……ものすごく、嬉しい。

キッチンの中で並ぶふたりの影が、湯気の中で優しく重なっていた。
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