眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
朝の通勤電車に揺られながら、窓の外をぼんやりと見つめる。

ビルの隙間から差し込む柔らかな陽射し。
聞こえてくるのは、車内のアナウンスと、スマホを操作する人たちの指の音。
そんな中で、花音はふと、昨日のことを思い出していた。

あの手のぬくもり。
差し出された優しさ。
温かいご飯と、冗談混じりのやりとり。

どれも、これまでの自分にはなかったものだった。

(今までは……)

泣いて、耐えて、
子どもたちの痛みを一緒に背負って、
その中で「かわいそう」という気持ちに寄り添いながら、
ゆっくり時間をかけて、
少しずつ自分を回復させてきた。

でも——
昨日触れた、あの家族の温かさと、
匠の静かで確かな優しさは、
そのどれとも違っていた。

ただ、そばにいてくれること。
ただ、信じてくれること。
それがどれほどの力になるのか、初めて知った。

(わたし、また前を向けるんだ)

あの人に会って、
あの人たちに触れて、
「人のあたたかさ」は、想像ではなく現実なんだと知ったから。

電車が最寄り駅に着き、扉が開く。
人の流れに身を任せて歩きながら、
花音は自分の足取りが、いつもより少しだけ軽いことに気づいた。

(……今日からのわたしは、これまでのわたしと、きっと何かが違う)

痛みを背負うだけじゃない。
光を信じる強さを、ようやく手に入れた気がする。

花音は、胸の奥に生まれたその確かな感覚を、大切に抱きしめながら、児童相談所の扉を開けた。
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