眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
定例の朝会。
いつもは管理職だけで進められるこの会議に、今日は所長・上田裕司の姿があった。

それだけで、室内の空気が少しピンと張り詰める。

上田は淡々と、しかし一つひとつの言葉を噛みしめるように話し始めた。

「人員確保に向けて、動いてはいますが……正直、厳しい状況です」

花音の隣で、三宅が小さくため息をついた。

「加えて、警察経由の通告も増加傾向にあります。
これは、警察側が児童虐待に対してより積極的な介入方針を固めたことに伴うもので、我々にとっても歓迎すべき動きです。
ただし、認知件数が増えるということは、初動の負担も比例して増えるということでもある」

上田の目線がゆっくりと室内を一周する。

「限られたリソースの中で、効率的なリスクアセスメントと迅速な対処が求められます。
また、対応時の怪我や事故も報告されています。警察との連携は依頼済みですが、優先順位を見誤らないように。
まずは、命と安全の確保です」

一拍置いて、上田は静かに座った。

花音はその言葉を、まっすぐに胸に受け止めていた。

──所長の言うことは、もっともだ。
でも、「効率的にリスクアセスメント」なんて……現場に立った人間なら、それがどれほど理想論か分かるはずだ。
目に見えない危険、言葉にできない恐怖。それを一瞬で“効率よく”判断しろと言われても——

そんな思いを押し込めるように、視線を下げる。

代わって話し始めたのは、係長の朝岡だった。

「それと、来月から一名が産休に入ります。
担当していたケースについては、振り直しになります。対象者へは後ほど資料をお渡ししますので、該当職員はこのまま残ってください」

ざわ、と小さな反応があちこちから漏れた。
「また仕事が増えるね」という空気が、肌でわかる。

花音は背筋を正しながら、静かに思う。

——「安全を守る」というのは、本当はもっとシンプルなことのはずなのに。
でも現場では、「理想」と「現実」の距離を埋めるだけでも精一杯だ。

それでも、前を向こう。
昨日の自分とは違う今日を歩くために。
< 129 / 247 >

この作品をシェア

pagetop