眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
電話を終えた早瀬がスマホをポケットにしまったとき、背後から刺すような視線を感じた。

振り返ると、廊下のど真ん中に仁王立ちの新田。

「……仕事中に、猫友と電話かよ」

あー、やっぱり聞かれてたか。

「休憩中じゃないですか。しかも“猫友”って、もうそれ違うでしょう」

「違うんだ? じゃあ、なんで俺、呼ばれてないの?」

「は?」

「この前、川野の子の保護の時。署で夜通し一緒に対応してただろ、俺と佐原さん。あの子、すげぇ頑張ってた。飯ひとつも食わずに、電話対応続けてた」

早瀬は少し肩を落として苦笑した。

「はい、それは本当に感謝してます。あの時、新田さんが一緒にいてくれて、彼女も心強かったと思いますよ」

「……だろ? なのに“猫友”の飲み会に、俺だけハブってどういうことだよ」

「……飲み会じゃないです。ただの……ご飯です」

「だから呼べって言ってんの。“ただのご飯”ってやつに昭和は弱いの」

「弱点、多すぎません?」

そう言いながら早瀬は給湯室のドアを押し、コーヒースティックを取り出す。
新田もついてくる。

「……で、どうなんだ。佐原さんと」

「どうって、まあ……ゆっくりですけど、進んでます」

「ふーん……」

新田はその場でペットボトルの麦茶をひとくち飲み、わざとらしくため息をついた。

「……俺はあの子、好きだけどな。真面目で、芯があって。顔色悪くても、口から弱音ひとつ出さなかった。すげぇ頑固なところもあるけどさ」

「……わかってます。だから、俺もちゃんと向き合いたいと思ってます」

「だったら……しっかり守ってやれよ。あと、調子乗んなよ。あの子、根が優しすぎるから」

「はい」

「それと、公私混同すんなよ。猫友もいいけど、公務員だってことは忘れるな」

「わかってます。……ってか、だから“猫友”って言うのやめてくださいよ」

「じゃあ何て呼べばいいんだよ」

「佐原さん、でいいでしょう。普通に」

「お前にとって“普通”がなんなのか、もうよくわかんねぇよ。昭和の俺にはな!」

「じゃあ“昭和隊長”でいいじゃないですか。しっくりくるし」

「……おい、その呼び方、後輩に流行ったらどうすんだ」

「むしろ広めます」

新田は肩をすくめて出て行こうとしながら、「……あの子、いい笑顔するな」とだけ呟いた。

その背中に向かって、早瀬はごく自然に頭を下げた。
おそらく、無言の“任せたぞ”だ。

早瀬はコーヒーをひとくち飲みながら、浮かんできた花音の顔を思い出し──
「……ちゃんと、守りますよ」と小さく呟いた。
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