眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
午後、まだ陽の光が柔らかい時間帯に、私は「杉並第五小学校」へ向かった。

赤尾悠真くんのケースを新たに引き継いだことを受け、まずは学校側へ正式にご挨拶し、現在の様子を確認するためだった。

応接室へ通されると、悠真くんの担任である市川真帆先生と、校長の加納一誠先生がすでに待っていてくださった。

「お忙しいところありがとうございます。杉並児童相談所の佐原と申します。本日より赤尾悠真くんの担当になりました」

名刺を渡すと、市川先生はすぐに柔らかく微笑み返してくれた。

「以前も佐原さん、お名前は伺っていました。お世話になります。…悠真くん、心配ですね」

校長の加納先生も、真剣な表情で頷いた。

「赤尾くんについては、担任を中心に様子を見ていますが……なかなか登校が安定せず、気がかりです」

私はメモを取りながら、尋ねた。

「最近の様子はいかがですか?ご家庭の状況からすると、学校が唯一の安心できる場になっている可能性もあると思いまして…」

市川先生が少し言葉を選びながら答えた。

「そうですね……悠真くん、教室にはほとんど入れず、来ても保健室や特別支援教室で過ごす時間がほとんどです。でも、支援員との関係は良好で、落ち着いて過ごす時間も出てきました。ただ――どこか、常に緊張しているような印象はあります」

加納校長が続けた。

「学校としても、支援の方法については模索しています。市川先生もよく向き合ってくれているんですが……ご家庭との連携が難しい。お母様との連絡も取れたり取れなかったりで、こちらとしても踏み込みきれない部分があります」

「お母様とのやりとりは、これから私の方で支援をしていきます。もし学校との連携について、ご希望があればお知らせください」

私はそう返しながら、どこかで彼の「逃げ場」になれる場所を、学校の中にも作れないかと考えていた。

市川先生がふと、表情を和らげた。

「それでも、授業の合間に他の子たちがふらっと来てくれることもあって、少しだけ笑うようになったんです。あ、これ、他言無用ですが、理科の時間のヘラクレスオオカブトの標本を見た時、目を輝かせて『かっこいい』って言ったんです」

私は思わず、頬を緩めた。

「そういう瞬間が、彼にとっては大事ですよね」

校長もわずかに表情を和らげた。

「少しでも、そうした小さな成功体験を重ねて、自信につながればいいのですが……。我々もできる限りのことをします。連携、どうぞよろしくお願いします」

面談を終え、職員玄関を出るころには、私の中で悠真くんの輪郭が少しだけ見えた気がした。

守られるべき場所、見守ってくれる大人――彼にとって、少しでもそう思える人が一人でも増えるように。

「まずは、顔を覚えてもらうことからだな」

帰り道、自分にそう言い聞かせた。
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