眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
夜の児童相談所。
空調の音だけが静かに響く中、花音は受け持ちケースのファイルを机の上に広げて整理していた。

書類に目を通しながら、ふと、過去の記録に手が止まる。
ケースの一つひとつに、忘れがたい表情や声がよみがえる。

そこへ、業務用端末の着信音が鋭く響いた。

「……はい、杉並児相、佐原です。」

ディスプレイには「杉並警察署」の文字。
胸の奥が少し緊張で固くなる。

『杉並署生活安全課の岡田です。交番員からの要請で、徘徊していたと思われる子どもが保護されました。見た目3歳くらいの男の子で、名前のわかるものは所持していません。』

「場所は?」

『杉並区高円寺南四丁目の住宅街です。私たちもこれから現場に向かいます。』

「わかりました。こちらもすぐに向かいます。」

端的に答えると、花音は机の端に置いてあった持ち出し用のタブレットをバッグに無造作に入れた。
肩に掛けた鞄の重みを感じながら、一度、大きく息を吸う。

「……よし」

自分にだけ聞こえるように小さくつぶやくと、上着を羽織り、夜の外気へと足を踏み出した。

児相の自動ドアが静かに開き、街灯に照らされた道へ。
どんな事情があっても、今、あの子のそばにいられるのは、自分だけだ。
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